後悔と地獄の始まり

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後悔と地獄の始まり

「チッ」 信号に間に合わずブレーキをかけると、あかりの荷物が助手席から滑り落ちる。 財布と携帯くらいしか入ってない、あかりらしいバッグだった。足元に落ちたバッグを拾い上げて、飛び出した携帯を手に取る。 俺のあげた携帯にはロックもかかっていなくて、川崎と瑠奈、俺の連絡先しか入っていなかった。電話のリダイヤルには俺の名前。身に覚えのない日付で、もうずっと前のものだった。 闇路は果てなく続く獣道の様で、静寂が心を煽ってくる。霧が纏わりついて視界が不透明に沈んでいく。 携帯が暗闇の中で一段と輝いていて、吸い込まれる様に無心であかりの携帯を見続けた。 「あかりちゃん今日どうだった? 」 「どうにか終わりました」 「辛くない? 」 「はい。大丈夫です」 「いつでも辛かったら言うんだよ」 「はい」 「あかりちゃん。瑠奈とご飯行かない? あかりちゃんと話したいなー」 「嬉しいです」 「昨日は楽しかったね。また行きたいな。あかりちゃんが居てくれるから瑠奈も頑張れるー」 「私もです」 「あかりちゃん。事務所来て。いつものあげるから」 「分かりました」 「サプリどう? 瑠奈もあれ飲み始めてから、めっちゃ元気なんだ。特別な子しか貰えないんだよ。良かったね」 「はい。私も元気になった気がします」 川崎と瑠奈からのメール。善意に溢れた内容に悪意が潜む。偽造の優しさだと知ることもなく、あかりは沼に堕ちていった。 「あかりちゃん大丈夫? 電話出て」 「何か返事して。大丈夫? 」 日付が空いて、ここからは未読になっていた。今から1週間ほど前から毎日メールが来ている。 瑠奈なりの良心なのか、死なれたら後味が悪いからなのか、どちらだとしても、あかりはもう知ることはない。 だからせめて、あかりが心の支えにしていたお前のまま消えてくれ。 「会いたいです」 俺宛てに作られたメール。その一言だけが未送信で残っていた。日付はずっと前。無抵抗のあかりを無理やり抱こうとしたあの日から数日後だった。飲み込まれた言葉にどんな意味があったのか、もう分からない。 些細な言葉が呪いの様に漂って体を支配していく。 「……何で俺は……」 苛立ちが抑えきれずに、頭を力任せに掻きむしった。ぎりぎりと噛んだ奥歯が麻痺し始めて、収まり切らない感情を拳に込めて、ひたすら車の窓に振り落とす。 何でもっと早く会いに行かなかったのか。どんな形だって会いに行けば良かった。くだらないプライドなんて捨てて抱きしめれば良かった。 あの日手放さなければ良かった。 兄貴に金積んで借金払って、自分のものにしておけば良かった。 会いに行こうと思えばいくらでも会えたのに、何で俺は……。 「……俺もずっと……お前に会いたかった……」 大切なものはいつも無くしてから気が付く。それが取り戻せるものならいい。だけど大概はもう割れたガラスの様に……指先を傷付ける凶器となって破片だけしか残らない。 車のエンジン音が響き、信号の灯りが闇夜を彩る。何度も色を変える信号に、もう少しだけ。もう少しだけ。と言い訳をして後悔を飲み込んでいく。
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