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06
数週間後。
依然として、人間界にはウイルスが猛威をふるっていた。未知のウイルスであるため、ワクチンが作られるには大分時間がかかるようで、科学者たちの動向に期待が高まっていた。
それでも、一応は混乱した状況は沈静化したようで、穏やかではないがささやかな時間が流れていた。
「言ノ葉神様」
「おお、下柳くん。今日の仕事が終わったようだね」
「ええ。それと、新しく淹れたコーヒーです。よかったらどうぞ」
「すまないね」
あれ以来、仕事終わりに二人で話をするのが日課となっていた。特にテーマは決まっていないが、たどたどしい会話がなんとなく心地よかった。
「それにしても、下柳くんは案はうまくいったね。正直、ここまで効果が出るとは思わなかったよ」
「ええ、僕もこんな結果になるなんて思ってもいませんでした」
下柳くんも、予想していなかったようなことを言っていたが、私にはわかっていた。人間を最後まで信じていた下柳くんには、この結果は想像できていたのだろう。
彼の案。それは、ある一人の子供の言葉に、印象に残るだけの力を与えることだった。とあるニュースのインタビューに応えた小学生が、最後に言った一言。それは、看護師である母に対する感謝の一言だった。その一言に、本当に小さな力を与え、感謝の言葉を広めること――。それが、下柳くんの案。
このチープとしか言えない案を、成功に導いたのは間違いなく人間の可能性と、下柳くんが人間を信じたことに他ならない。
「人間には、まだまだ可能性があったんだな」
「……何を言っています。人間に可能性があるからこそ、最高神様は試練を与えたのですよ」
「……そうだね。乗り越えられない試練は与えない――ってやつか」
談笑が終わったあと、これも最近では日課となっている言ノ葉ランキングを二人で見ることにした。相変わらず、負の感情の言葉が上位にいるのを目にするが、それよりも感謝の言葉がランキングを占めていた。
ふっと、私はこの日の言ノ葉ランキングの一位の言葉が目に留まった。この言葉を、下柳くんのような優秀な部下――ではなく、ここでは友として贈りたいと思う。
「……ありがとう」
少し戸惑ったあとで、笑顔を返す下柳くんだった。
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