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「はいはい。今日もこの言葉が一番使われましたか……」  業務を終え、いつものようにモニターに映し出されたランキングを眺めながら、私は完全に冷め切ったコーヒーを飲み干し溜息をこぼした。  ふと、ある考えが頭に浮かび、目を閉じて十まで数える。一秒、二秒と、元々せっかちな私にとって苦痛でしなかないのだが、これで結果が変わったら――と、淡い期待を胸に十まで数えた。 「…………」   十まで数え、目を開ける。そこには、私が期待していた変化が起きるはずもなく、再び大きな溜息をこぼした。ただ、時間を無駄にしただけだと思うと、こんな事をしなかればよかったと、残された後悔に憤りを感じるが、それでもないもしないよりはマシだと自分に言い聞かせて、その場をやり過ごす。 「……また、言ノ葉ランキングですか?」    モニターを眺めている私に、部下の下柳くんが心配そうに声をかけてきた。きっちりと整えられた頭髪に、眼鏡がトレードマークの下柳くんは、とても優秀な部下であるが、仕事は仕事と割り切っているようで、どこか冷めているような印象から私は少し苦手だった。 「うーん……ちょっとね」 「昨日も、その前の日も、言ノ葉ランキングを気にしていましたよね?」 「……うん」 「……そんなに気になりますか?」 「……実は、ここ数年。言ノ葉ランキング上位に変化がないんだ」 「……はあ。それが何か?」  今日一日で使われた言葉ランキング、通称『言ノ葉ランキング』。そんな、ただの統計でしかない言ノ葉ランキングを気にしている私を、不思議そうな目で下柳くん。彼には、私の気持ちを理解できないのだろう――と、さっき悟った。   「いや、いいんだ。明日もよろしくね」 「……はい。それでは、お先に失礼いたします」  そう言って、下柳くんは帰って行った。  私は、その背中に「お疲れ様」と言葉をかけたあと、再び言ノ葉ランキングに目を向ける。ここ数年と言ったが、一体いつから変化が起きていないのか、調べてみることにした。 「…………なるほど」  調べ直して、私は驚く。すでに、ここ十年は上位三つに変化が起きていなかった。世界情勢は大きく変化し、化学は益々進歩を遂げた激動の時代。テロが日常に普通に起きる世界であり、環境破壊は修復に膨大な時間を必要とするまでに進行してしまった。それなのに、上位三つに変化が起きていない。  これは、今までになかったこと。それだけに、何か大きなことの前触れのようで、私はその不安を憂いていた。
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