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 次の日。  多忙な業務に追われている私に、下柳くんが話しかけてきた。 「ちょっとよろしいですか?」 「どうしたの? 下柳くん?」 「実は、僕も気になったので、言ノ葉ランキングを独自に調べたのですが、確かにおかしいですね」 「……」  思わず、手を止めて下柳くんに目を向ける。昨日は、まったく興味もなかったように見えたが、私のことを気にしてくれていたようで、そのことで少し胸が熱くなるのを感じた。 「それで、何がおかしいのかな?」 「はい。二千年辺りは、新たな時代に突入したこともあり、希望に満ちた言葉がランキング上位を占めていました。例えば、『夢』や『希望』といった言葉ですね」 「そうだね。確かに二十一世紀の始まりであり、今では当たり前となったインターネットが普及し始めた時代だった。それに世界同時多発テロなど、恐怖が身近に感じる時代にもなったね」 「ええ。その頃は、『恐怖』や『平和』など、感情を表す言葉がランキング上位を占めていました」 「……よく調べているね。関心関心」  昨日の今日で、ここまで調べあげる下柳くんの優秀さに脱帽する。 「しかし、ここ十年。……正確には九年以上、上位三つに変動が起きていません」 「つまり、『死』『不安』『絶望』。この三つのことだね」 「はい、そうです。ここ九年の間、これまでと同じように色々なことが起きました。それでも、この三つの言葉が上位を占めている。これは、とてもおかしな事象です」  水面に石を投げ入れれば、大きな波紋が広がるように、大きな出来事は水面に変化を与え、その面影を変えてしまう。それが、言ノ葉ランキングであり、ある意味では指標ともなる。しかし、ここ数年は、大きな石がいくつも投げ入れられているにも関わらす、水面には一切の波紋が広がっていない状況。  これは異変以外の何ものでもない。  さて、そこで二つ疑問がある。しかし、この疑問に対する答えを、私は出すことができない。なぜならここ数年間、この異変に気付きながら、ずっと答えを出すことができないでいたからだ。だが、今ならば優秀な部下である下柳くんがいる。彼となら、きっとこの疑問に終止符を打つことができるような気がした。 「ところで、下柳くん。二つ疑問なのだが、答えてくれるかな?」 「……すみません。おそらくですが、その疑問に僕が答えを出すことはできないと思います」 「……どういうことかな?」  かけていた眼鏡のズレを直すと、下柳くんははっきりとした口調で説明する。 「一つ目の疑問ですが、おそらくは『なぜ、こんな異変が起きているのか?』でしょう? 僕も色々と考えたのですが、答えに辿り着くことはできませんでした。そして、二つ目の疑問ですが、おそらくは『この異変の解決策』ではありませんか?」  私は、小さくうなずいた。 「でしたら、それこそ僕のような立場の者が、どうにかできることではありません」 「なぜかな?」 「僕の仕事は、人間たちの言葉を観察することです。観察者は、あくまでも観察することが仕事であり、人間たちの言葉に影響を与えるようなことはできません。そんなことをしてしまえば、僕の力の範疇を超えてしまいます。これは、言葉の神である言ノ葉神(ことのはのかみ)、あなた様の仕事です」 「わ、わかっている。しかし、何をすればいいのか――私にはわからない。だから、下柳くんにも聞いているんじゃないか」 「……心中お察ししますが、僕にもわかりません。お役に立てず、申し訳ございません」  ストレートに感情をぶつけてしまい、下柳くん困らせてしまったようで、彼は深く頭を下げていた。私の心情に共感してくれたことがうれしくなってしまい、私はどこかで下柳くんに甘えていたようだ。  私は、言葉を司る神。下柳くんが言うように、私が答えを出すしかないようだ。  そんな気まずい空気が漂う中、緊急放送が流れた。 「緊急連絡です。最高神様が、人間に試練を与えることを決定しました。これは、過去最大の試練となります。各部署は、人間界の動向に注意してください。繰り返します――」 「言ノ葉神様……」 「…………」  下柳くんの心配そうな顔に、私は何も言葉を返すことができなかった。最高神様は、一体どんな試練を人間に与えるのだろうか。  私の中の不安感は、さらに強くなっていった。
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