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 『魔女狩り』と呼ばれる、人間たちの黒歴史。これは、最高神様が人間たちに与えた試練だった。魔術を使ったと疑われた者は、法的な手続きを踏まないまま、拷問、刑罰を行う地獄のような悪魔の所業。他人を信じられなくなり、疑心暗鬼に陥った人間たちは、他人を売ることで自分を守ることになり。その結果、四万人ともいわれる犠牲者を出す。  宗教が政治に深く結びついていた時代だからこそ、この試練は大きな爪痕を残すことになった。  他にも、最高神様は時代時代に、人間たちに大きな試練を与えてきた。『疫病』『災害』『戦争』。そのすべては、人間たちを試すための試練。  しかし、これから起こる試練は、過去最大と謳われている。  私は、その試練が人間たちにどのような影響を与えるのか――。そのことが、不安で仕方ない。  試練初日。  今日も業務が終わり、言ノ葉ランキングを見るが、何も変化が起きていない。ほっとしたような、拍子抜けしたような不思議な感情が私を支配する。嵐の前の静けさでないことを願いながら、それでいて何か大きな変化が起きることを望んでいた。 「何も起きませんね」  仕事を終えた、下柳くんが私に話しかける。彼も、試練初日で緊張していたのか、少し疲れた顔をしていた。 「まあ、初日なんてこんなものじゃないかな」 「そうですか。それで、今回の試練の内容を、言ノ葉神様は聞いていますか?」 「……いや。いつものように、誰にも試練の内容は知らされていない」  最高神様が与える試練は、事前に内容を知らされることはない。一部では、この試練の内容を予想して賭け事をしている者もいるらしいが、不謹慎だとは思わないのだろうか。  所詮、自分に降りかかる火の粉でなければ、他人事として楽しんでしまう風潮を、私は嫌っていた。 「噂では、ウイルス性の病気だとのことです」 「ほー、それは古典的な試練だね。最大の試練と謳われている割には、これまでとどこが違うのだろうか?」 「ええ。僕も驚いています。それに、感染力は高いようですが、死亡率は低いらしいので、最高神様が与える最大の試練としては、どうにも弱い気がします」  下柳くんの言うように、確かにそれでは最大の試練としては弱すぎる。最高神様の試練とは、人間がこの大きな問題と向き合い、進化を促すのが目的であり、その試練が過酷であればあるほど、人間はより大きな進化を遂げる。  それが、感染力の強いだけのウイルスでは、大した進化は望めない――と、思う私と対照的に、下柳くんはないやら不安な顔をしていた。 「どうした? 大丈夫か?」 「……ええ。大丈夫です」 「どうも、顔色が悪い様子だが……」 「いえ、ある仮説を考えていたのですが、それが最高神様の狙いだとしたら……」 「な、深刻そうな顔をして……。私に、話してみてはくれないか?」  首を横に振り、下柳くんは話を拒んだ。「あくまで仮説ですので」と、頑なな姿勢は下柳くんらしく、こうなってしまうとテコでも動かない。彼が納得のいく答えを出すのを待つしかないようだ。  翌日。そして次の日も、何事もなく平穏な日々は続いていた。やはり、私が心配し過ぎているだけなのだろうか。そんな考えを巡らせる日々は続く。  唯一、これまでと違った変化は、仕事終わりに下柳くんが私のところへ来るようになったことだ。仮説には、まだ答えが出ていないらしく、話してはくれないが、少し話をするようになったのは意外だった。これまで、仕事は仕事――と、どこか割り切ったような節を感じていたが、不安に駆られる私を気遣って来てくれているようだ。  そして、運命は突然動き出した。
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