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04
最初に異変に気付いたのは、他の誰でもないやはり下柳くんだった。
「言ノ葉神様っ!」
「ど、どうした?」
額に汗を流し、いつもきっちりと整えられた頭髪を乱して、私のところへと来た下柳くん。その慌てぶりは、これまで見たこともなかったため、私はつい言葉をどもらせてしまった。
「人間界のニュースを見てください。大変なことになっています!」
「ニュース? ……どれどれ」
モニターに人間界のニュースを流す。それにしても、人間界のニュースを見るのはいつぶりだろうか。ここ数十年は、見る機会がなかったことを思うと、言ノ葉ランキングを気にしながら、人間に対して興味が薄いことを知った。
「アジアの大国で発見された新型ウイルスが猛威を奮っています」
モニターには、アナウンサーの声と共に、各地での被害の様子が鮮明に映し出された。病院での、診察を待つ長蛇の列。閉鎖された空港。ぽつぽつと、人影がまばらな夜の繁華街。そこに映し出された人間たちは、誰もが口にマスクをしている。
それは、異様な光景だった。
「下柳くん、これは……」
「はい。数日前から、爆発的に感染者が増えたようです。しかし、問題はウイルスだけではありません」
「……?」
「実は、二次的災害が増えています。例えば、先程の医療機関では、患者と医療関係者との間で衝突が当たり前のように起き、命を落とすような事件も起きています。また、仕事が無くなり、犯罪も増加傾向にあり、不安の声が広まっています。これが、最高神様の試練なのでしょうか?」
「……わからない」
ニュースでは、ウイルス感染者に対する迫害の様子が映し出された。ウイルス感染者が家族から出てしまい、職を失った父親。感染の温床となる可能性があるとして、一部の業界を糾弾する政治家。法外な料金で、品薄となった日用品を売る転売業者。そのどれもが不条理であり、人間たちの混乱を物語っていた。
かつての魔女狩りのように、人間たちの不安は疑心暗鬼となり、その暗い影は広がりを見せていた。
「こんなことになっていたとは……」
「自殺者も増えているようで、どの部署もその対応に追われています」
「……しかし、妙だな?」
「……何がですか?」
「それほどまでに、人間界が混乱しているのに、言ノ葉ランキングに影響が出ていない」
これだけ大きな混乱が起きれば、言ノ葉ランキングに影響があってもおかしくない。むしろ、何も変化がないことが異常である。
しかし、その疑問は下柳くんが解決してくれた。
「それは元々、人間界に負の感情が蔓延していたので、変化は期待できないかと思います」
そう言って、手に持っていたデバイスを操作し、私のモニターに暫定的な言ノ葉ランキングを映す。
「見てください。『不安』『死』『絶望』どれも、これまでと同じです。変化があるとすれば、下位にあった言葉もこの三つの言葉に票数が移っていることだけです」
「……」
これまで、上位三つまでには届かないものの『愛』『信頼』『安心』などの言葉を目にする機会は何度もあった。しかし、すでにそのような言葉はランキング圏外にまで落ちてしまっていた。
もはや、この黒い影を照らす光は存在しないのだろうか。
その時だった。うなだれる私に、下柳くんが意外な言葉を口にする。
「……一つだけ、この状況に変化をもたらす案があります。これは、言ノ葉神様にしかできないことです。……試されますか?」
私は、この下柳くんの案を聞くことにした。
その間も言ノ葉ランキングに変化はなく、絶望は人間界を超え、私たちの世界にまで広がりつつあった。
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