ササヤカな花

12/13
前へ
/13ページ
次へ
「知り合いっていうか、恩人というか……多分」 「歯切れ悪いな(笑)」 「西川さん、この時計に見覚えないですか?」 電池は切れたままの ゆるゆるの腕時計を見せた。 「いや、知らんなあ」 従兄弟の時計まで覚えてるわけないか。 そもそも成仁さんかもしれない人だって 私を覚えているわけないか。 「そっか。何でもないです」 「めっちゃ気になるんやけど」 「……大学受験の日に西川さんと似た人にその時計を借りたんです」 「ふーん」 西川さんは少し拗ねた顔をした。 王子様みたいだった とは言わない方が良さそう。 「返したかったんですけど、返せなくて」 「それで大事に持ってるんや」 「借り物なんで捨てられないですよ」 捨ててもいいとは言われたけれど。 「初恋、とか言う?」 西川さんは私から腕時計を奪い取ると 指先でクルクル回した。 「まさか(笑)」 「残念やけど、成仁もう結婚してるで」 「けっ……?」 結婚かあ。 なぜか胸がチクリと痛む。 「ションボリしてるやん」 「思い出の王子様が結婚してると聞いたらショックですよ……」 「成仁が王子様ねえ」 あっ、うっかり口を滑らせた。 「やっ、えっと、その人が私の落とした腕時計を拾ってくれたんですけどね?」 「ふーん」 「向こうがかがんでて。立ってる私を見上げた時のポーズが王子様っぽいなーって」 「へー」 なぜ私はこんなに必死に言い訳しているのか。 「落とした腕時計が壊れたからって貸してくれたんです」 言い切ると少し間が空いた。 「待って。マミヤちゃん女子大なんやろ?」 「あ、第一志望は成仁さんと同じ国立大だったんです」 「落ちたってこと?」 「落ちましたよ。その人とぶつかった時にお守りも落ちたし、縁起悪いねって話したとおりになりました」 「そうなん……」 西川さんは急に腕時計のバンドを外すと 文字盤の裏側を見た。 何かの日付らしい数字と 『N.N』のイニシャルが刻まれている。 「私はそれ持ち主の誕生日とイニシャルだと思うんです」 「マミヤ……やったんや」 「えっ?」 「苗字やなんて思わへんやん(笑)」 「何の話ですか?」 「俺の一目惚れの話」 風が吹いて 梅の花びらが舞う。 「えっ、どういうことですか?」 聞いても教えてくれなかった。 「マミヤちゃん、花びらついてるで」 私の頭に伸ばした手が 優しく髪に触れた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加