ササヤカな花

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試験は正直とても難しかった。 でも、やれるだけはやった。 合格したら さっきの王子様みたいな彼と 同じキャンパスで過ごせるんだ。 胸がどうしようもなく高鳴る。 全部の試験が終わって 壊れた腕時計とお守りを バッグに大切にしまった。 ゆるゆるの腕時計と梅のお守りを 彼を探して返しに行こうと 会場を出ようとした時。 試験官が近付いて来て 「間宮さんですね?お父さんが迎えに来てます」 と伝えられた。 その日、母方の祖父が亡くなった。 着替えは母と妹が用意して先に行っているからと 私は試験会場からそのまま空港へ向かった。 父と飛行機に乗り 冷たくなった祖父に会いに行く。 身近な人が亡くなったのは この時が生まれて初めてのことで ドライアイスで冷やされている体は 何だか現実的ではなかった。 気丈な母が号泣している姿だけが いつまでもリアルに残る。 お通夜、お葬式、初七日(しょなぬか)と 一週間ほど法事で慌ただしくて 合格発表のことすら忘れていた。 自宅に戻った時 『不合格』 という通知が届いていた。 それを見て彼を思い出し 慌てて制服のスカートのポケットを探った。 ない。 電話番号が書かれたメモを 確かにポケットに入れたはずなのに。 受験当日のままのバッグを ひっくり返しても見当たらない。 転がったゆるゆるの腕時計を見つめる。 安物やし、と言っていたけど 裏を見ると何かの日付らしい数字と 『N.N』のイニシャルが刻まれている。 名前すらわからない。 制服が学ランかブレザーのどちらかすら もう記憶があやふやで 茶色い瞳と光る髪だけが 強く印象に残っている。 桜は散り始めていた。
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