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その夜、夢を見た。
私の部屋の隅で、誰かが話をしている。夢の中の私は目を閉じているはずなのに、不思議と周りに何があるのか分かった。瞼を上げないまま、周囲をぐるりと見回してみた。
机の上、本棚、箪笥……見慣れた景色を遠くの方から一周してようやく、その声が自分のすぐ横からだと気付いた。枕元に誰かがいる。
真っ暗なはずなのにその人影はやけに鮮やかな紫と橙色で、身を寄せ合ってこそこそと囁き合っていた。
きんきんと耳に響く甲高い声で、所々にかりかりと謎の音が混じる。ふと、子供の頃に行った水族館で聞いた、シロイルカ……今はベルーガと呼ぶことが多いらしい……の鳴き声が脳裏に蘇った。あれはちょうどこんな感じの音だった。と言うことは、イルカが言葉を喋ったらこんな感じなのだろうか、とぼんやり考える。
「取り替えなきゃいけないのって、これですか? 」
「そうそう。古くなったからだってさ」
「まだ綺麗に見えますけどね」
「まあそう言うなよ。お客が指定した取り替えの目安を迎えちゃったんだからさ」
きんきん声同士で交わされる言葉をBGMに、私はただただ時間を潰した。朝になれば、またいつも通りの一日が始まる。どうせ夢なのだから無理に理解する必要は無い。
音として聞こえているのに、意味としては脳が理解しないまま、侵入者達の会話は頭の中を通り抜けていった。
「『部屋の日用品を3つ取り替えなくなったら交換してくれ』だなんて、厳しすぎると思いますよ。この星の人々は物を大切にしようって気持ちにはならないんでしょうか」
「そう言う気持ちが無いから我々の商売が成り立っているのさ。ただ世間の体裁を保つために『賢くて気が利く理想の娘』を注文するような輩だからね。
そう言う輩がこの星にいることを有難いと思うべきなんだよ、我々が生活していくために」
「そうは言っても……」
「さ、余計な話してないで取り替えよう」
「ソフトも丸ごと取り替えますか? 」
「ラーニングし直すのも面倒だし移植できそうなデータは移植しよう。もちろん動作に影響の無い範囲でね」
翌朝、2週間ぶりに日が昇る前に起きた私はまず時計の電池を入れ替えた。そのまま物置から新しいティッシュと薬剤を取り出して、ふと棚のガラスに映った自分の顔を見た。
私は、こんな顔だっただろうか。
まあいいか、といつも通りリビングに行き、言われたとおりに色々取り替えて置いたよ、と家族に報告する。
「ちゃんと取り替えてくれてありがとう」
目を合わせずに投げつけられた言葉は、まるで私以外の誰かに向いているようだった。
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