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「っっ?!」
集中しすぎていたせいか、突然声をかけられるまで背後の気配に全く気付かなかった。
長身の体躯。白と緑の袈裟を模した皇族服に短い夕日色の明るい髪。一瞬目を奪われ、敬礼するのを忘れてしまう。
「ご、ご機嫌麗しゅうございます、絽真様」
「よいよい、楽にせよ」
白い袂(たもと)をなびかせ、絽真様は射場へ立った。そして、的を眺め感嘆の声をこぼす。
「おぬしの若さでここまで射れれば十分であろう」
「ありがとうございます。まだまだ腕がなまっていて、勘を取り戻すまで時間がかかりそうです」
「そうか。ではおぬしが勘を取り戻したら近衛兵団も顔負けであるな」
「いえ、そのようなことは…」
絽真様は豪快なしぐさで板の間の上に座った。
「玲姫、おぬし弓以外は嗜まんのか」
「そうですね、薙刀は少し扱えます。騎馬では弓の方が得意です。狩りの方が好きでして」
「そうか!俺も狩りは好きだ、気が合うな」
朗らかな声で笑うその顔は、思っていたよりも少年のようなあどけなさを感じた。毎夜女華宮を訪れていると聞いていたのでもっと色男なのかと思っていたが。
「…あれから庵理とは会っているのか」
「えっ?!」
突然のきわどい質問に、思わず弓を持つ手が滑ってしまいそうになる。
「いえ…あれからは特に……」
「そうだったのか?俺はすっかりおぬしらが意気投合したものとばかり思っておったわ」
「そんな……庵理様には橙嬪様もおられますし、私などが入る余地などありません」
「そうか。庵理はそんなに嬪と仲が良いのだな……しかし橙嬪は庶民出身。正室には昇格できぬ。いずれおぬしのような王族の嫁をもらわないとならんからのう」
「………」
そう。庵理様には正室を迎えなくてはならない理由がある。だから、お気持ちがなかったとしてもいずれ貴族・王族の女性を正室として迎えなくてはならないのだ。
私がそこで選ばれるかどうか。選ばれたいのか。それはまだよく分からない。
あまり継承者の方と会うことはない、というのは、女官の慰めだったのか。意気投合すれば、本来会いに来てくれるものだったのかな。
(事実、絽真様は毎日のように通っておられるわけだし)
「そのような悲しい顔をするでない」
「っ………」
考え事をしていたら、いつの間にか心の内が顔に出てしまったらしい。絽真様の指先が、頬にすっと触れる。
「庵理にその気がないのなら、俺が遠慮をするいわれはないな」
「え……」
穏やかな微笑みと共に、絽真様は私の手を取ると、懐から取り出した刀を手渡された。
「今宵、これをおぬしに預けてもよいか」
手付き申出の証に、継承者は懐刀を預ける。それを閨の枕元に置いて事を為し、明け方それを持って褥を去る。
これが、女華宮で継承者が手付きをする際の作法だ。
「……謹んで、お受け致します」
「ハッハッハ!そんな怯えた顔をするでない!」
「わわっ!」
懐刀を受け取った瞬間、笑いながら頭をクシャッと撫でられた。
「恐ろしいことなど何一つ致さぬ。なに、俺もまだ正室を持たぬ身。おぬしのこと、教えてはくれぬか?」
「っ、はい……絽真様の御心のままに……」
「それでよい。楽しみにしているぞ」
大胆な動きなのにどこか上品さが滲む、不思議な所作を見せる方だ。
その大きな後ろ姿が射場から消えるまで見送りながら、温められた懐刀をぎゅっと握りしめ夜に思いを馳せたのだった。
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