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【庵理】
貿易商人だったわしが、なんでかこの国の皇位継承者となりよった。
声がかかった以上、それを断るゆう選択肢は残っておらんかった。それは即ち「死」もしくは「交易権の剥奪」つまり仕事ができんくなるっちゅうことじゃった。
宮殿の暮らしもそがに悪いもんでもなかった。しっかし自由が無い。堅苦しく、息が詰まる。その上、おなごを選べとせっつかれる。
何となくやり過ごしとったが、いよいよ陛下から直に声をかけられ、仕方なく女華宮を彷徨いてたときに……今の嬪と出会ったんじゃ。
嬪……蝶子(ちょうこ)は女華宮の女官で、平民の出身やった。貴族のおなごと喋るより、蝶子と共にいるのは気が楽でのう。
蝶子もわしのことを好いてくれるようやった。だが、平民出身の蝶子を正室にはしてやれん。それでわしは蝶子を嬪に迎えた。
蝶子とは今でも友達のような、兄妹のような感じじゃ。
どうも貴族や王族はわしの性に合わん。劉国は小国やけんど、お姫さんはお姫さんやきなぁ。
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【絽真】
謁見の間に姿を現した玲姫は、想像していたよりも健康的な体躯をしていた。
顔は……薄い頭巾を被っていたためよく見えなんだ。
大体、王族のおなごは大切に育てられているゆえ、小柄だったり華奢だったりする者が多い。玲姫はそう……抱き心地の良さそうなおなごであるな。
しかし、側近の話ではその健康的な体躯の理由は、野を駆け回り狩猟も嗜む女傑だったゆえと聞いた。
これはますます、どういなすかが楽しみであるな。
玲姫の初夜は、この俺が頂くとしよう。
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【剛山】
玲姫入宮の儀が終わり、執務のため赤紫(しゃくし)宮へ戻ると、嬪が謁見のために待っているとの事だった。取り急ぎ儀典用の上着を脱いで部屋に駆けつけると、嬪は頭を下げて挨拶をした。
「剛山様、ご機嫌麗しゅうございます」
「楽にしてください」
慣例とはいえ、この挨拶はいつまでも慣れない。どちらかと言えば、今までは自分がそのように挨拶をする側だったから余計にだ。
「劉国王女入宮の儀、まことにお疲れ様でございました」
「いえ、大したことはありませんでしたよ」
「……剛山様?」
「?」
嬪は顔を上げて何か言いたげにこちらを見る。
「その……いかがでしたか?」
「??いかが、とは……」
「ですから……劉国の王女様です……剛山様のご正室にふさわしきお方でしたか……?」
言わんとしていることがやっと分かった。
嬪は案じているのだ。自分の立場が揺らぐことを。
「安心ください、紫嬪(しひん)」
「えっ」
「自分は……まだ正室を迎えるつもりはありません。それに、何人もの奥方を召し抱えられるような器用さもありませんので……」
嬪はそれを聞いてほっとしたように笑みを湛えた。
「変なことを尋ねてしまい申し訳ありません。私も……剛山様の正室に相応しい人間になれるよう精進致します」
紫嬪…光凛(こうりん)は、元々皇帝陛下が勧めてきた女性だった。
他の後継者と違い、積極的に女華宮へ通うこともなかった自分に、見かねた陛下が用意した女人だ。
絽真殿などとは違い、女華宮で女性と共寝をしたことは1度もなく、紫嬪ともすぐに婚礼のみを挙げた。共寝も初夜の1度のみである。
それでも不満一つ言わずに嬪としての役割を果たしてくれる彼女には感謝しているのだが、正室として迎える気持ちには、まだどうしてもなれずにいる。
自分にとって紫嬪は、よき嬪ではあるが、それ以上でも以下でもない。武人の立場として守るべき高貴な人、という印象が強すぎるのかもしれない。
近衛兵団の武官出身ゆえ仕方の無い部分もあるが、そろそろ紫嬪のこともきちんと考えなくてはならないな。
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【獅子丸】
「忙しそうですね、黄妃」
自分の宮に戻ると、入れ違いで女華宮へ向かうらしき黄妃と出くわした。
「これは獅子丸様、ご機嫌麗しゅうございます」
「楽にせよ」
「はい」
相変わらず整った顔をしている。北方の宗(しゅう)国の王族だけある。肌も白く美しい。
「新しいお姫様はいかがでしたか」
「顔もわからぬ。お主もそうであったろう」
「ええ、そうでしたね。忘れてしまいましたわ」
鷹揚な笑み。皇后陛下亡きこの皇宮において、女華宮の統括および女性皇族の筆頭は第1継承者の正室である彼女だ。
「いずれせよ、お姫様なのでしたら御三方にお譲りせねばなりませんね」
「そうだな……」
含みを持った返答に、黄妃が何か気づいた様子はなかった。頭を下げ、その場を離れる。
(御三方、か)
可能性として、剛山が正室を迎え男子を成した場合、私の立場が危ぶまれる可能性がある。
この国は今、血統で継承の序列が決まっている訳ではなく、皇帝陛下が定めた順番になっている。いつ覆ってもおかしくないのだ。
磐石にする最も良い方法は、私に後継者が生まれること。
しかし、残念ながら黄妃との間にはなかなか子が授からない。
だとしたら。
王族の「嬪」を迎えて、子を成せば……。
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