玲姫、入宮。

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【玲姫】 景明国の属国である劉国は、王女は嫁ぐのが当たり前だった。 玲姫ももれなくその運命を辿り、18の誕生日を迎えて景明国皇宮へと入宮した。 それは、劉国の王家に生まれた宿命と思っていた。 景明国の継承者や、正室に上がれる資格の話は事前に聞いてはいたが、女華宮の中がどのような力関係になっていてどんな人がいるかまではさすがに知らない。 他にも自分と同じ嬪娥がいる以上、すぐ正室や嬪に選ばれる保証などどこにもないわけで。 だとしたら人生の多くを過ごす可能性が高い女華宮がどんな場所か?の方が、皇位継承者の人柄よりも重要な問題なのだ。 結果としてそこを重視する判断は間違っていなかった。 女華宮に属する嬪娥にまずは一人一人挨拶をしていく。 第1継承者の正室・黄妃様はやはり揺るぎないお立場なので寛容な様子だった。忙しそうだったので、宴の用意への感謝を伝え早々に終わらせた。 それ以外の嬪娥は全部で12人。 その殆どが、絽真様の「お手付き」であった。 あからさまに牽制する者から、隠しつつも釘をさしてくる者まで様々だったが、多くの女性が絽真様に選ばれることを望んでいるのは明白だった。 一部の嬪娥と、それ以外の女性に人気なのが庵理様だ。商人出身の気さくな人柄が人気の理由だとお喋りな侍女が教えてくれた。 ちなみに、獅子丸様に対しては黄妃様の手前、皆騒ぐことができないようで、剛山様はあまりこちらにいらっしゃることが無いらしく「よく分からない」らしい。 (剛山様はきっと妃嬪と仲が良いのね) 劉国にとっては景明国の属国として特に虐げられていることもなければ搾取されていることもない。 だから、私が入宮した時点で均衡は保たれているわけだ。 だから、どなたかのご正室に召し上げられることや後継を産むことを強くは望まない。 もう故郷に帰れない事実は変わらない以上、平穏に暮らすことだけが私の望みだ。 『そなたは聡い。必ずや景明国のお役に立てるだろう』 父上にはそう言われたが、聡いおなごなど疎まれるだけだ。 ましてや、故郷では馬に乗って狩りもしていたせいか、体つきも普通のおなごよりしっかりしている。か弱き乙女とはお世辞にも言い難い。 南方出身の母の影響で、顔つきも少し異国風だ。周りの者とは少し違う。 (失礼のないように大人しくしておこう) ……しかし、自分が入宮したことを祝う歓迎の宴で大人しく目立たぬようにするというのは難しい話で。 艶めくぬばたまの髪をつげの櫛で結い上げ、劉国特産の紅玉をあしらった頭飾りをあしらい、景明国の象徴色でもある白の衣に、劉国の国旗色である緑の帯をまいた。金色の刺繍が施された紗の羽織は縁起物の鳳凰の絵が描かれている。つまり…派手だ。 女華宮・迎賓の間。 高砂のど真ん中に座らされ、両側には黄妃様と女華宮長の久川(ひさかわ)の席がある。 高砂の前は通路になっており、ここを通って皆が挨拶をし、自分の席へ座るという流れだ。先ほど挨拶を済ませた女華宮の女人たちへ形式上の挨拶をし終えると、ついに皇位継承者が姿を現した。 継承権の低い順…つまり庵理様から入場される。妃嬪と一緒だ。 その後、女人たちの黄色いざわめきと共に絽真様が。剛山様も妃嬪と共にいらっしゃり、獅子丸様は黄妃様と一緒だ。黄妃様は主催者なので私の隣に来る。 「劉国よりまいられた玲姫を、今日よりわれらの家族として迎え入れる。今宵は堅苦しく考えずゆるりと過ごされよ」 黄妃様が乾杯の音頭をとった後、口火を切ったのは庵理様だった。 「黄妃様のお許しも出たことだし、ぱーっと飲むぜよ!!!」 (あ……) 南方のなまりだ。 (久々に聞いたな…) 小さな盃の透明な清酒に口づける。紅がほんのりとついた。 庵理様が盛り上げ、絽真様の周りには女人が群がり、剛山様は静かに盃をあおり、獅子丸様は時折酌に来る者を品よく対応していた。 なるほど、事前に女官から聞いた情報の通りだ。 こうした宴の時には料理に箸はつけない。微笑みすぎず、不機嫌すぎず、穏やかで好印象な顔のまま、時折盃を舐めた。 「入宮当日にお疲れだとは思いますが、おそらく今日は『初寝』の申し出があるかと思います。お心積もりを」 隣に座る久川がそっと耳打ちしてくる。…分かっている。そのために私は来た。誰に声をかけられても、声をかけられなくても、構わない。 もう私の身は、大げさに言えば、この国の『所有物』と言っても過言ではないのだから。 **** 一通り座敷で遊んだり酒や料理を皆が楽しんだ後、久川の挨拶で宴は終わった。 獅子丸様から順に、定型の挨拶をして部屋を後にする。閨の誘いは、無い。剛山様も、絽真様も誘いなく去っていった。 ないならないでもいい。正直、ほっとしている部分もあった。 当たり前だが、今まで一度も経験がない。結婚する相手とするものだと思っていたが、ここではそうとは限らないということになる。 その現実が、少し恐ろしくもあるのだ。誰に手を付けられようが、こちらに断る権利はない。 最後、庵理様が目の前に座り、挨拶をした。 (終わった…今宵はとりあえず一安心) と思った、その瞬間だった。 「玲姫様」 「はい」 「こちらを」 庵理様は、小刀を差し出した。懐刀だ。 「預かってくれんか。わしの守り刀じゃき。今夜、おんしの部屋へ取りに行く」 会場はいっきにどよめいた。 正室になれない嬪を抱えた庵理様。玲姫の「お初め様」になる本命馬とも言える。 やっぱり、予想通りね、庶民の味方だと思っていたのに…等さまざまなささやき声が聞こえる。でもそんな声も届かないほど、私の頭の中は真っ白だった。覚悟していたのに、真っ白になってしまった。 久川に袖の下で小突かれ、慌ててその刀を受け取る。 その瞬間、庵理様はお近づきになって小声で囁いた。 「今夜は何もせんき、安心しちょれ」 「えっ……」 その真意を確認することができないまま、私は彼の後ろ姿にこうべを垂れて見送った。
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