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8
航太は、死人リストを、今日の日付が書かれたページまでペラペラとめくっていった。
───あった。
ぴたり、ページをめくる手を止める。
そのページには、確かに、航太の母の名前が書かれていた。
なぜだか、人違いだ、という気はしなかった。
航太は、自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。
呼吸をしようとしたが、喉の根元で空気が詰まってしまい、上手くいかなかった。
車内にアナウンスが入る。
「まもなく〜、畠山、畠山です。」
もうすぐ家の近くの停留所に着くらしい。
死神は、降車ボタンを押して言った。
『そろそろ返してくれるかい?それ』
間違いない。この死神は今から母の命を奪いにいくのだ。
「お前は...俺の母さんを殺しに来たのか」
『母さん...?あ、彼女のことか。』
死神はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
『ああ...そうだ...すまないな、少年。』
死神はバツが悪そうに言った。
『でも、これは...仕事なんだ。人は...いや、全ての命は決まった時に奪われるんだよ。その...プログラム通りに、世界を裏で回しているのが、私たち、死神だ。』
「そうか...何か......全然分かんないや...」
航太は、未だ実感が湧かない様子で、死神に死人リストを返した。
ガタン、ガタンと揺れながらバスが進んでいく。
その時間は、永遠に続くように感じた。
ついにバスが停まった。
航太は、電子決済をして、バスを降りるとそのまま駆けだした。
こんな時なのに空はどこまでも青く、澄き通っていた。
───俺が今急いで、死神より早く着いたとして、一体何が出来るんだろう。
きっと母さんが死ぬことは止められない。
一体、それでも何を伝えようというのだろう。
航太は、突然足もとにぽっかりと空いた、“死”という名の穴を覗き込み、そのあまりの深さに何も考えられなくなるような気がした。
小さく見える自宅に向かってひた走る航太の脳裏では、色とりどりの、温もりを感じる思い出が次々とすれ違っていった。
航太は、込み上げてくる熱い何かと、味わいきれない、“死”というあまりにも大きな物の間で、ゆらゆらと揺れていた。
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