桃色の撫子

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 「それはおめでとうございます。私のことは忘れて、幸せになってください」 彼からの返事はこれだけだった。でも祝言をあげる二日前に八百屋を覗くと、店は閉まっていた。かわりに、近くにいた医者が、八百屋の隣の魚屋の主人と話しているのが聞こえた。そこではじめて彼が病であること、先がそこまで長くないことを知った。そして、会いに行こうと思ったとき、医者が言った。  「あの男にも恋仲の女がいるそうなんだがね、会おうとしねぇんだ。その上、俺は花に、撫子に生まれ変わって、それで彼女の幸せに笑ってんのを見るから大丈夫だってさ」 「へぇ、らしくもないことを……」 「まぁでもよくある事だよ。先が短いと、何に生まれ変わるって考えるのはね」 「へぇ……」 私はそっとその場を去った。  祝言の衣装を来て大きな鏡台の前に座り髪を結ってもらっていた。手持ち無沙汰な私は、ふと鏡台の奥に見える綺麗な庭を眺めた。その中に八分咲きの桃色の撫子を見つけ、暫く眺めている間にその撫子がゆっくり満開になった。そして、何故か彼が私を笑って祝ってくれているように感じた。髪結いが終わるまで静かに涙を流し、化粧を直すと私は祝言の会場へ向かった。
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