桃色の撫子

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 香菜さんは、うちによく買い物に来る常連さんで、この町でそこそこ人気な服屋の一人娘だった。そんな彼女は、うちより大きな八百屋が近くにできた時も、わざわざうちに買い物に来た。  「いつもありがとうございます、あっちの店には行かないのですか?」  と私は何気なく聞いてみた。すると彼女は人参を手に取るといつものゆったりとした口調で応えた。 「昔から知っているので……あっちのお店に行った方がいいですか?」  「いや、あっちの店に取られたくないと思ってたもんだからつい……あっ」  当時から彼女に惚れていた私は、口走ってしまったことに気付き焦った。すると彼女は笑って応えた。  「あっちのお店には行きませんよ。だって……」 彼女は少し俯いた。その頬が少し赤く染まっているのは夕焼けのせいではないかもしれない。と思った私は彼女を食事に誘った。  香菜さんと親しくなるのに、そんなに時間はかからなかった。このまま結婚しようと考えていたある時、私は体調を崩した。治すことは難しいとされている流行り病だった。  その日は一旦病院から帰った。すると、一通の手紙が届いていた。香菜さんからだった。手紙には、この町では有名な裕福な家の長男との縁談を両親から持ちかけられたとあった。私はその晩、力なく布団の中に入り眠った。そして翌朝、処方された薬を飲んでも尚すぐれない身体を動かして、香菜さんに返事を書き、送った。それから数日後、彼女の祝言が秋口に行われると、風の噂で聞いたのだった。  彼女の手紙にも書いてあったが、今日の新郎は小学校の教師だそうだ。これから先、彼女は幸せになるに違いないだろう。そう思った私の胸の中は、丁度この空のように晴れやかだった。ふと、撫子に視線を落としてそっと両目を閉じた。  
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