たとえそれが・・・どくだとしても? By 歩

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「忠道くんと出発点? プロセス? は違うけど、結果的には同じような気持ちでボランティア行ってたんだなぁ。って。ちょっとびっくりした」 「へー。そうなんですか?」  共同で家事をする際に、危険がない程度のたわいもない会話を交わすことは少なくない。お堅い話から漫才でもしてるのかとツッコミたくなるような馬鹿げたやり取りまで。  これが俗に言う波長が合う、といったものなのだろうか。彼とのコミュニケーションは、極力人付き合いを避ける私にとって珍しく苦ではない部類に入る。 「うん。まず前提として、私って『禅(ぜん)』って最近よく言うだろ? それがらみの話の一つで『無功徳(むくどく)』ってのがあって。私はその言葉がしっくりくるから割と好きな考え方なんだけど」  おそらく、お互いの思想や宗教観などの下地が異なっていても、相手の考えを頭から否定するつもりがなくまずは聞いてみようという姿勢。  それが二人の間、もしくは他者とコミュニケーションを取るに当たって前提として意識に根付いているらしいことが、穏やかに過ごし合える最大の要因だと私は考えている。 「あ。今日のメイン白身魚だよな? ちょっと作りたいのあるから、任せてもらっていいか?」 「良いですよー。ぼく汁物と副菜考えますんで。で、むくどく? ですか?」 「うん。無限の無に、功績の功、徳川の徳で『無功徳』な。じゃあ先に廊下片してくるから、話題一旦保留しとくわ。ちな、白身魚の甘酢あんかけな。いってきま」 「はーい。行ってらっしゃい」  ヒラヒラと手を振り、主菜に合うだろうメニューを考え始めただろう忠道くんを横目に、小走りでキッチン、リビングを抜けて衣服で散らかった廊下へと向かった。  脱ぎたての洋服を片っ端から回収し、洗濯機を回し、調理の準備として袖をたくし上げ、ちょうど良い長さの紐でたすき掛けに固定し足早にキッチンに戻る。  会話が楽しみで、意見を交わすことを有意義な時間だと思え、早く話の続きをしたくて動きがこんなにも機敏になるなんて。  ほとんどが文字と文字の入念な照らし合わせと自己完結で済ませていた単調な世界が、急激に広がっていく解放的な感覚に、柄にもなく胸が踊っていたのだ。
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