たとえそれが・・・どくだとしても? By 歩

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  「今更、何を言ってるんですか?」  嘘偽りを感じない、落ち着いた声色も尚温かな表情も眩しく。されど私の網膜を、脳天ごと穿つような毒矢だった。  直視するのを一瞬躊躇い、視線が揺らぎそうになるのを誤魔化そうとするも、結局、右手の指がたまたま弾いたグラスに、意識を向け頼る以外何もしようがなかった。 「だよな。言わずもが」 「半年前に既に聞きましたよ? あの時、平次郎の代理で黒猫工房まで送っていった際に」  自然な動きを心がけ、予想してた通りだと言わんばかりにゆるりと目を伏せて、のんびりとした素振りで烏龍茶のグラスを口元に傾けつつあった私を、変わらない声色が突然遮る。 「ストレスから来る『無排卵月経』で、長いこと排卵が起こってないことも。常用している薬が『妊産婦』に厳禁なことも」  烏龍茶ではなく、生唾を飲み込む。 「生まれつきの子宮の形状の関係で、妊娠したとしても、胎児を支える力が弱くて、『流産』する危険性が極めて高いことも」  唇が震える。返事に迷って。 「その時点で言えそうなことは全部、話してくれましたよね? 他にも細かい理由があって、多分自分が子どもを産んであげることはない。でも子ども自体は嫌いじゃないから、せめて、今目の前に居る子ども達に何か手を差し伸べられたらってふと思った・・・って。君から話してくれたんですけどね? ボランティアをしたい理由の一つとして」 「そっか。そりゃ、覚えてるか・・・」 「あと、グラス烏龍茶カラです」 「ぐっふ・・・」  ヘラヘラと余計な一言が私をからかうも、今は酷くありがたいものに感じる。ガクリと肩を落とし、一緒に頭を垂らした。誤魔化しは聞かず、空気の支配もまるでかなわない。  敗北し撃沈した私を、彼はフフフンと、誇らしげな様子で鼻を鳴らし、こちらを観察しているらしく。以降、言葉が続かない。私の応えを律儀に待っていると予測された。 「最初から知ってて、ずっと傍に居てくれてたんだな・・・」  絞り出したのは、情けない、か細く、震えまで混じった力ない声だった。  彼と初めてまともにやり取りをしたタイミングが判明した辺りで、何となく予想は出来ていた。しかしながら、これらは去年のハロウィンに、ひなどりに通いたい動機として適切だと判断し、当時は特に悪気も悲観もなく、他人事のごとくあっさりと提示したもの。 「なんならぼくも言いましたよね? 女性は抱けませんって。それに、ゲイを自覚した時点で一回、女性を抱けないと自覚した時にも一回、子孫を残すことを断念してます」  忘れている可能性も捨てきれず、何よりも、忠道くんが、事実を受け止めた上で私を選んだなんてことを。 「結婚=子どもを産み育てること。なんて、一理あると言えばあるけど、人間全て、必ずしもそうじゃないんですよ。ぼくはその考えを肯定も否定しませんが」  私の頑固な自己肯定感が、有り得ない、と、認めることをこれまで拒んでいたのだ。 「産まない選択も、産めない事情も、申し訳なく思う必要はないんです。少なくともぼくと君との間では」  ずっとずっと前から固まっていた彼の覚悟を、私は、自分ごと踏みにじっていたのだ。
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