たとえそれが・・・どくだとしても? By 歩

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 自分を下卑する感情が、途絶えないことへの自己嫌悪なのか。自分の存在を何処までも容認してくれることで、欲求が満たされ歓喜しているのか。  特別に思うからこそ、相手の幸せを願って自分から遠ざけ突き放したくなるのは、ただの偽善だったのだろうか。自分の存在で苦労をかけてしまうことこそが、そもそもエゴではないのか。  何が正しく、間違いなのか。判断しかねて頭がくらくらと目眩を起こしたかのように揺らぐ感覚。   「そんな、泣きそうな顔をしないでください」  思考の波が相反する方角から次々と押し寄せて、彼から声を掛けられるまでの数十秒は完全に沈黙していた。 「泣いてはねーけど・・・ちょっと、深呼吸させて。ふぅぅー・・・」  天井を仰ぎ、思考し過ぎたかじくじくと痛み始めた目頭を抑え、宣言通り何度も大きく息を吸っては吐く。気を抜いて過換気症候群が起こらないよう、肺の苦しさはないか、呼吸のリズムに異変がないか、注意を払えただけまだ冷静な方だ。 「愛しています」 「・・・うん」 「愛してます」 「うん」  不安定なまま帰ってこられない私をなだめるように、相づちを打つ度に何度も繰り返し告げられる優しい言葉。一度や二度では終わらず、声色やトーンを変え、様々なパターンで何回も何回も送られるそれが。  空いた穴から叫び、狂わんばかりに、『受け止めてはいけない』と己を凶弾する、良心だと思われるものに激しい苦痛を感じ。  しかしそれらはやがて、本人が切に望んでいるのだから『諦めて道連れにしてしまえ』と、悪魔の囁きにも似た誘惑と苦悩に取って代わる。  少なくとも、今の方が呼吸がしやすい。 「あり、がとう・・・」 「どういたしまして」  慎重に頭と首を正しい位置に戻し、笑う彼の目をぼんやりと見詰めた。逃がさない。逃がしたくない。手放したい。幸せになって欲しい。 「落ちました? 負けですか? 負けを認めてゴールインしましょうか?」  されど、手放さないことこそが、ウキウキと声を弾ませて呑気に口角を上げている彼にとっての幸せなのか。 「せっかくだから、擬装じゃない本当の結婚に」  自惚れてしまうくらいに、とうとう彼は、私のより深い所を覗き見してもなお距離を置かず、見限りもしなかった。
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