むしろご褒美です By 忠道

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『ただ、私なりの、思想? 解釈? で、ちょっと考えたい事があって』 『擬装結婚も、結婚も、ちょっとだけ置いといて、結論出したり一部妥協したりする時間が欲しいんだ。なるべくニュートラルで曖昧な事にはならないよう頑張るから』 『数日だけでいいから、待って欲しいんだけど・・・いいか?』  運命の日曜日。プロポーズの言葉風に告げた冗談じみたぼくのそれを受け、歩さんは真剣な面持ちで淡々と答えていった。  まずはこれらの様子を含む日曜日の基本的な流れを、歩さんが他言を許可した部分も含めて、要点のみ掻い摘んで先に彼へ説明していく。  思案した甲斐があった。  当日を思い出し語りながら、そんな風に我ながら誇らしい気分になっていた。  万が一、向こうに断わりたい素振りが見えた時に軽くあしらえる予防線として。そして、ぼくを受け入れる姿勢だった場合に、必要以上に精神を摩耗する程重く受け止めてしまわないよう。  半分本気、半分はツッコミ待ちの緩い雰囲気で挑んだ為に、考えすぎてしまう歩さんの負担を最小限に抑えられたと、今でも自信をもって断言出来る。   「一悶着はあるかなぁって思ってたけどぉー、ざっと聞いただけで分かるよ。アンタらガチでめんどくさ・・・」 「しょうがないじゃないですかー。ぼく一人だけでも既にややこしい性格ですし。二人揃ったら二倍ややこしいのは当然です」 「ははー。自覚あるようで何より。んで、結論が『選択的事実婚』な訳は? そもそも『事実婚』って何か分かってる?」 「分かっていますよ。自分達の意思で、婚姻関係にありながら婚姻届を出していない関係。『選択的』って部分は、あくまでも考えがあってそれを選んだっていう強調の意味があります」  タカさんは何処か物憂げな目でふぅん、と。先程から何度もハッキリした相槌をうち、時折頃合をみて今のようなお小言も交えつつ、度々タバコの灰を落としている。残りが短くなっており、後数分もしない内に吸いきってしまいそうだ。 「『強いて言うなら選択的事実婚』。これが現在のぼく達の関係を表すのに一番近い定義だって結論になりました。実際にはぼくの立場から彼女は『パートナー』、歩さんとしてはぼくは『相方』という捉え方に落ち着いてます」  内心、途中からやけに落ち着いている様子のタカさんの、淡白な相槌を意味深に感じて警戒しながらも。現状を打破し関係を一歩前に進められた嬉しい気持ちを抑えきれず、こちらはついつい言葉の端々や語尾が弾んでしまう。 「本音を言えば、『パートナーシップ宣誓制度』っていう制度が整備されたら、それを利用するのが現時点での二人の理想なんですけどね。日本だと全然進んでないんで、保留です」 「なら、一応はお互いの仲は丸くおさまってる、ん、だよね?」 「収まってます。ちゃんとプロポーズの言葉まで伝えましたからね?」 「なんてったのー?」 「ぼくの褌を毎朝脱がしてください」 「あ?」  タカさんの口があんぐりと、開きっぱなしになる様子を目の当たりにしてなお、ぼくはものともせず胸を張る。 「すったもんだあったけど、最終的には『仕方がないから自分で脱ぐ所を毎朝見届けてやる』って言ってくれました」 「ねぇ? 待って?」 「でもタイミングがイマイチだったからってプロポーズのやり直しを求められたので、改めて考え直す必要があるんですよねぇ」 「ちょっと待っててば」 「せっかくだからリベンジする時は赤い褌でも用意して、ちょっとサプライズ感を出そうかなぁって」 「もうヤダあー! 狂ってるよ言葉通じないもん怖いよコイツらぁあ!!」  悲鳴が上がる。頭を両手で抱え、大袈裟に、絶望的な面持ちで。  防音壁を突き抜ける勢いで叫ばれた渾身の文句が面白くて、あまりの愉快さにぼくは口角をえへへと吊り上げた。灰皿に置いてけぼりにされた短いタバコの煙が、暴れた彼の風圧で霧散しあらぶっている。
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