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それは歩さんに重荷を感じさせない為の一文だったが、奇抜な作戦は思いもよらぬ副産物を産んだ。
「いや、ちょ、待って、アレ? ふんどし・・・? ふんどしっていった? ふんどし、フンドシ、褌?? ふんどしって、何? え? 何??」
自身が把握していない事実を上手に飲み込めなかったか、タカさんの中では褌に関心が移り、それでも理解が追いつかなかった為に、褌がゲシュタルト崩壊し始めたらしい。
眉間に指先をあてがい真面目に考えを巡らせているものの、こちらとしては非常に面白可笑しいのでしばらくは詳細を黙っておこうと決めた。
「『そこまでするなら、籍入れちゃえばいいのに』って、君から絶対に言われると思ったんで先に話しておきますね」
「違う違うそうじゃないまずソコジャナイ」
「実の所、ぼく達二人の結婚式観ってヤツですか? これが全く噛み合わないんですよ」
「褌の説明は・・・?」
「ぼくは神に愛を誓って正式に。とも思ったんですが」
「答える気ないなぁーこれー」
諦めたか。上機嫌なぼくを横目に、テーブルに転がして置いた火がつかなかった方のタバコを手に取り、しぶしぶといった様子で火を灯し始める。
「宗教的な価値観の違い?」
「そうじゃなくて。歩さん的には、ぼくが旦那さんで自分も旦那さんなんだそうで」
「ふぅー・・・ん? 旦那?」
片手で火が上がるライターを、もう片方の手で風よけを作りライターと咥えたタバコを覆い、彼は何言ってんだコイツとばかりに目を細めて怪訝そうにぼくを見据える。
「どうせバレるからタカさんに教えていいって言われたんで、代わりにカミングアウトしますけど。歩さん、身体は女性なんですけど精神的には男と女なんです」
「ああ・・・両性とか無性かー」
褌に比べて飲み込みが早い。煙が立つタバコを唇に挟んだまま、彼ははひふへほ混じりで呟くと、ソファーの背もたれに上半身をゆっくりと倒し、片膝を立ててだらしなく肘を置く。
「その二つも厳密に言うと違うそうです。TPOによって男女を行き来するそうで、その表現だと微妙に違和感が。って」
「んーーーーじゃあ。Xジェンダーとか、不定性っていう単語があった気がするから、それかなぁー。他にも細かいの沢山あるから、本人の自覚次第だけど」
流石、マイノリティなぼくや女装癖のあるアインスくん、その他曲者揃いの愉快な仲間と長い付き合いなだけあって受け入れが早い。知識としてあらかじめ備えている辺りも、ぼくが彼に面と向かって繊細な話が出来る理由の一つだ。
「ともかく、歩さんからしたら、見せかけは男女の婚姻でも、自分にとって男同士という認識しか出来ない状況で、ぼくが信じてる神に嘘をついてまで結婚を誓うのは、ぼくの信仰を踏みにじっているように感じて解せぬ。らしいです」
「ど真面目ぇ・・・」
「ぼくはその気遣いが嬉しく感じたので、今のところは賛成ってことになりましたけどね」
「いいんだそれで」
「彼女が神という存在を意識してくれたのは、ぼくの中では喜ばしいことなので」
「マジでそういうところ、とことん一途ー・・・」
興味なさげで、いい加減な態度と返事に見えて、余計な詮索をせずに放置してくれる部分も相変わらず好感を持てる彼の気質だ。たまに好奇心に負け、うっかりラインを踏み越え問い詰めてしまう衝動的な部分があるのは少々難点だが。
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