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どうすればこの終始混乱気味の彼を、にこやかにしてあげられるのかな。と、テンションが高い水準を保っている自分と比べ、仕事時の物静かで大人しい値を上下にうにょうにょとしている彼を楽しい気分にさせたい衝動にかられる。
手始めに向き直り、名を呼び、語尾に疑問符をつけながら微笑みかけてみた。
「君がそんな深く考えなくても。ぼくらはこれで上手くいってるんで。一緒に喜んでくださいよ」
今日のピアスは小粒な金属製の丸が耳たぶに散らばっている。それらを一つ二つと数えている間に、彼は投げ出していた縦長い体を、ソファの上に折りたたんで小さくなりあぐらをかいた。
「ああ。うん。ちが、なんか。喜んでないんじゃないけど、アレコレ心配してたジブンがバカバカしくなってきちゃってさ。オレには理解出来ない世界だなー・・・」
「君は既成事実を作って書類上もしっかり既婚者って明記して、ガチガチに固めたいタイプですもんね。まだ籍を入れてないだけで」
片手で後頭部をガシガシとかきながら、タカさんはタバコを灰皿にそっと置く。自分に話題の中心が移って思考が切り替わったのか、難しい表情で気持ちが読めなかった彼のそれが若干緩んで緊張が解れる。
「うん。なんならオレは仕事ほっぽり出してでも、入籍しに行きたい気持ちでいっぱいだもん。でもさー・・・」
「やっぱりそのタイミングは、『幹之』次第なんですね」
名前を出した瞬間に、タカさんの眉間に力がこもり、焦げ茶色の瞳の奥に好戦的な意識を見た。
「ヤキモチ妬くから、そのお名前は出さないで。呼んでいいのはオレだけ。それ、オレの特権」
「おっとこれは失礼。後でコーヒー奢るんで、すみませんでした」
「わざとやったっしょ」
「えへ」
おちゃめに、わざとらしく。それはもう、憎たらしくなるに違いない、首を傾げて頭をゲンコツでコツンと叩く古臭い仕草までオマケして、全力で愚かな姿を晒す。
半分引きつったように口角を上げ、怒っているのか笑っているのか曖昧な顔でこちらをうかがったタカさんは、次に両腕をこちらにヌッと伸ばして捕獲の姿勢に。
「あーはは。ごーめーんーなーさーい」
初めから逃げの体勢を取っていた。特段本気を出していなかった為に、騒がしい音を立てながらの攻防の末、背後から羽交い締めにされ堅い胸板に引き寄せられる無様な姿が完成した。
「こーの軽口野郎どうしてくれようか・・・」
「あんま動かないでください脇、くすぐったふふはは辞めあっは、ひ」
「丁度いいや。反省しろぉぉぉ」
男子高校生の昼休みを思わせる、ノリの軽い低レベルな争いが始まる。耳元からタカさんの意地悪そうな笑い声が伝わり、むず痒さに身体をくねらせ離れたりくっついたりを繰り返すぼくの背中は、彼の腹が笑いを抑えきれずに小刻みに震えているのを微かに感じ取る。
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