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寝ぼけているのだろうか。少ししたらいつも通り目が覚めて治るだろうか。と、思案しつつ彼女をベッドに寝かせる。傍を離れるのは何だか不安なため、適当な本でも読みながら寄り添って居ようと、ベッドとは反対側の方向へ。
壁一面が壁面収納のようになっており、そのほとんどが書籍で埋め尽くされている。
━━気分的には・・・。
ビジネス書、技術者向けの専門書、ミステリー小説、推理小説、ゲームの攻略本から漫画本、その他諸々。
━━・・・あれ? ないな。
ぼくが目を止めたのはとある一角。冠婚葬祭のマナーや作法、宗派毎にまとめたものを含めた、各種宗教関連の読み物を集めた部分。
━━あーそっか。歩さんがシャワー浴びてる時に読んで、そのまま寝落ち・・・。
一箇所に空白が出来ていて、それが、つい一時間以上前に同じような理由で手に取っていたことを思い出す。
━━ん? じゃあ、どこに置いたんだろ。
「求めよ、そうすれば、与えられるで━━」
「わぁぁあ!??」
やけに的確で単調な朗読が始まり、ぼくは珍しく声を荒らげて取り乱した。無論それは背後の歩さんが発しているもので、読んでいるであろうそれはまさに、探していたとある一冊の本に違いない。
「わ、ちょ、それは! えーっと、君にはまだ」
「あーなるほんなるほん・・・だから似たようなこと口走ってた訳か。点と点が点で点になった・・・」
「あぁぁぁ・・・」
脱力し、ベッドの脇にへばりつくように倒れ込んだ。場合によってはどちらも非常にデリケートな話し合いに発展する内容だ。お互いに余裕がある時にでもゆっくりと考え方のすり合わせをしようと思っていたのに。
「とりあえず、カトリック、プロテスタント、それ以外、さあどーれだ・・・?」
「なんで色んな過程すっ飛ばして、そこまで分かっちゃうんですかぁぁぁもぉぉぉー・・・もう少し黙っておくつもりだったのに・・・」
「やましいもんでもないだろ。日本は信仰の自由がうんたらかんたら・・・」
おそらく、読んでいるうちに睡魔に襲われた自分は、無意識の内に枕の下に隠したか、一人の時の癖で頭元のライトの近くにでも置いたのだろう。
無惨にも床に放り投げられた枕と、枕があった場所にうつ伏せになり、じっと内容を確かめている彼女の姿を考えるにきっとそうだ。
「えーっと。紆余曲折あって、今は」
「プロテスタント」
「分かってるんじゃないですか! ・・・はい、一応プロテスタントです。クリスチャンです。はい」
「天にいますあなたがたの父は━━」
「今は読まなくていいですから・・・あの、ちょっとこっちのお話を聞いてください・・・それ新約聖書なんで、読経みたいに読まないでください怖いです本当に・・・」
やましいことなどない。その発言もあって観念し正直に応えた筈が、当の本人は目の前の活字に夢中なのか全くこちらに意識を向けない。
「自分が裁かれないためである」
「中途半端に戻った・・・いや、そうじゃなくて、お話飛びすぎです・・・」
酔っ払いだろうか。会話が成り立たず文書とこちらを行ったり来たりして、状況が支離滅裂である。
ぼくは重い腰を上げて半身を持ち上げると、それはそれは深いため息をつきながら、直角に立てられた聖書を彼女の両手から抜き取とった。
彼女の指に力はほとんど入っておらず、幸いにもページが傷んだりよれたりなどはしていない。確認しほっと一息つくと、そっとページを閉じて懐に抱える。
「あーもう・・・ぼくのバカ。今日は色々と変だ・・・」
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