隣の芝生は青い

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 握ったまま電源を切ると「あー…」と嘆かれた。面倒だ。理仁に見られたらもっと面倒なことになりそうなので、この写真はなかったことにする。   青柳のかわいさを説明できて満足なので、もう時雨先輩の膝の間にいる理由はない。退却しようとすると「……ん、?」腹部をホールドされる。 「動けない」 「動けないように抑えてるからな」 「何で」 「晶ちゃんが冷たいから」 「手が?」 「俺への思いやり」  ひどい。  先輩の膝を強めに押す。 「ほんとーはそんな風に思ってないけど」 「ん」 「だってかわいかったんだよ、ちび綾辻」    そんなに良かったのか。よく理解できない。  でも人の幼少期を見てみたくなるのはわかる。過去に皆のアルバムを見せてもらった時はとても盛り上がった。全然違う人も変わらない人もいて、誰かがその当時の話をし始めるのを聞くのが楽しかった。  ぼんやり思い出していると、瞼が重くなってくる。先輩は体温が高いので、くっついている背中からぽかぽかしてきた。あったかいから眠気も倍増だ。だから裾から入ってくる手への反応も鈍る。   「せんぱい」 「んー?」 「くすぐったい」    ぺし、と服越しに動きを阻害するが指の動きは静止できない。皮ふをすり、と擽られ、こそばゆさに身を捩る。  これが冷たい指なら容赦なく跳ね除けるが、先輩は常にあったかいのでそのあたりは気にしていない。それよりもう意識が薄れつつあるので、やわらかくおさえるのに留めた。 「もう寝るのかよ」 「ねむい」 「まだ早いだろ……もうちょっと話したかったんだけど」  頑張ってよと囁かれ、「がんば…、れない」と返す。「もうちょっとだけ、な?」と言いながら耳たぶの下にあるツボがおしてくる。いたい。痛い。パワーでなんとかしないで欲しい。   「今日疲れたから」 「? あれ以外に何かあったっけ」 「あった」 「そうなの?」 「ん」  きゅっきゅっとおされていたら頭の重みが若干楽になった。器用だなあと考えていたら、確かに少し睡魔も遠退いた。距離に換算したら20歩分程なので、あまり期待しないでもらいたいが。 「今日は二葉と一緒に昼食べたんだっけ」「うん」とか「風邪はどうだった」「すぐ治った」「誰かに頼んなかったのかよ」「白石が来た」「……誰だっけ、そのこ」みたいな会話をしていると、また意識がぽやっとしてくる。 「……、…………さ、……んで……」 「ん。ん?」 「聞いてなかった?」 「うん」 「いや、学校は楽しいかって話」  先生か親みたいなことを言う。   「学校は好き」 「好き、?」 「うん。先輩達がいるから」 「嬉しいこと言ってくれるじゃん」  ぱっと笑みを浮かべた。それでようやく「寝ようか」と相手がいったので、横になる。現金な人である自覚はある。でも今日は疲れた。本当はボクももう少し起きていたかったが、流石に無理なので代わりに朝は少し早く起きることにする。  ずるずるっと力を抜いて脱力すると、布団の柔らかさに包まれた。あと3秒あれば寝られる。自信がある。先輩がボクの頭上で動いている。「リモコンどこだっけ」「あー…あと少し……」という声の数秒後に明かりがさらに絞られた。そのままベッドに戻るのかと思いきや横にするりと入り込む影。 「せまい」  布団は一人用だ。仕方がないのでちょっと右にずれて場所をあける。 「後で退くから」 「ん」 「って、おい。おでこで押すな」  横向きになって先輩の腕に顔を埋める。  なんとなく馴染みのある匂いだ。 「おやすみ」  穏やかな声が響く。  不出来な音で同じ言葉を返し、収まりどころを探してもぞもぞ動いているうちにすとんと眠りに落ちた。
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