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遅刻ギリギリになってしまったが、なんとか予鈴前には間に合った。桐ヶ谷はどうなったか分からない。猫被り優等生なので、たぶん少しの遅れは許されるだろう。
基本的に授業はサボらない。一応、勉強も頑張っている。急いで階段を駆け上がった為に上がった息を整えつつ、教科書を取り出した。
授業が終わり、終令が鳴る。
荷物を纏めて、ふらふら廊下を歩いていた。今回も目的地があるのでそこそこ急いでいると、目の前からずんずん歩く生徒がこちらへ寄って来た。端っこを進むと進行方向を妨げるように立ち止まる。
華奢な体格。大きな瞳。
そして、
「綾辻晶。ちょっとついてきてもらえる?」
やや高めの声。これらが揃えばチワワの素質がある。やっぱりと思いつつ素直に頷けば一瞬だけたじろぎ、ボクの前で先導した。
用事には遅れてしまうだろう。怒られないか心配していると、余所事に思考を飛ばしていたボクを仮名チワワさんが変なものを見るような目で見つめてきた。なに、不安そうに震えろというのか。
「あの」
「なっ、なに?」
「所要時間を知りたい」
「……はあ?」
「だから、制裁に何分かかるか」
「自分が何をされるかわかってての態度なの……?!」
「え、ああ。はい」
わなわなと人間じゃないないわ、みたいな反応をされた。ボクレベルになると制裁は慣れたものだ。最近はあんまりなかったんだけど、やっぱり桐ヶ谷と一緒に居たのが良くなかったのだろうか。
そこそこ優等生で、どことなく影のあるイケメンってどこでもモテそうだし。まず顔が良い。本人が爽やかに断っているから、親衛隊というファンクラブみたいなやつの設立も出来ていないようだけど。
「桐ヶ谷のことなら、何もない」
キスマークはつけられたけど。
「ち、違うから。僕は白石様のことで、」
「白石は友達」
白石は本当にまっさらな関係だ。食堂デートに行くくらいの友達。
「き、昨日も今日も一緒に食堂に来といて、あんたが誘惑しないわけないでしょ……っ」
「ボクも相手は選ぶ」
「白石様じゃ力不足だって言うわけ?」
「違う。白石は友達だから」
「だから、それが嘘だって言いたいの! まず白石様のことを呼び捨てにしないで!!」
「白石は気にしてない」
「ぼ、く、が、! 気にするの!」
そんなの知らない。白石は友達が多いから、話している人も呼び捨てにしている人もたくさんいる。ボクが鼻につくからって、と思わなくはないがこれがビッチちゃんの弊害だ。仕方ない、好きな人の周りに悪評のつき纏う人間がいれば不安になる。
「あんたなら他にも相手はいるでしょ。何でよりにもよって白石様に近づくの……?!」
友達だからと言えば切れられる。
セフレじゃないし、セックスしたことない。ただ白石が話しかけてきてから何となくたまに会う程度。どうしてかって聞かれても答えられない。
ん、でも白石は、
「ナスを食べてくれる」
「は……? な、ナス?」
「そう。定食のお漬物。白石が食べてくれる」
「だ、だから何なの」
「え。それだけ。ナスが苦手だから嬉しい」
我ながら納得のいく答えに頷くと、チワワさんは化け物を見るようだった。
「……え、こんなのに僕は負けてるの……ウソ、このおたんこナスに……?」
時計を一瞥すれば、約束の時間に迫っていた。余裕を持って行動したはずだったのに。
何だか勢いも削がれたようだし、チャンスと思って口を開いた。
「今日は用事がある。続きは明日でもいい?」
「制裁の持ち越しなんて聞いたことないから!!」
流石にだめだった。
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