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わなわなどころかぶるぶる震えだしたチワワさん。ボクを弱々しく指さして「じゃ、じゃあ白石様とどこで出会ったのっ?」と尋ねてくる。
どこだっけ。白石と初めて会ったのは確か廊下にいてお腹が空いてたとき。派手にお腹の虫が悲鳴をあげて、その音に白石が吹き出した。それで綾辻くんも人の子なんだねーみたいに言われて購買に一緒に行った。思えば白石とはお腹が空くと会う確率が上がる気がする。
そう思い出したことを話せば、「ビッチちゃんの名折れだと思わないの……!」って言われた。忙しい人。もっとロマンがあると思ったのかもしれないけど、全然そんなことない。頭を抱えてしまった彼にどうしようか悩んだとき、後ろから肩を叩かれた。
「綾辻。見つけたぞ、何をしている……って、彼は一体どうしたんだ」
ボクの横に来たのは風紀委員の佐倉。今日お話があるって呼び出してきたのは彼が所属する風紀委員会で、ボクの担当は彼。
「制裁に連れて行く前におかしくなった」
「ああ、綾辻の不思議具合にあてられてしまったんだな。……うん、いま制裁と言ったか?」
「ボクが白石を誘惑してる。気に入らないって」
「何を呑気に話しているんだ。また強姦未遂にあったらどうする。こういうときはすぐさま逃げるか連絡を取るよう教えただろう」
「経験上、逃げるとしつこい」
「はあ、わかった。取り敢えず僕の後ろにいろ。どこにも行くな、離れるな」
わかった。ボクの返事をきいて佐倉が彼に話しかけた。風紀委員だと聞いてビビったチワワさんは、もう制裁をするつもりはないと項垂れながら言い、名前とクラスの控えを取られて一時的に解放された。
「綾辻。交友関係を見直せば何か変わると思うか」
「無理。それに一度出来た評判を覆すことはなかなか難しい。つもりもない」
「性欲とは無縁の顔しているのにな」
「ギャップだって評判」
溜息吐いた佐倉に「お疲れ様」とキャラメルをあげれば普通に受け取って一粒食べた。甘ったるいと零しながら眉間の皺が薄まる。
風紀室に向かいながら、ぽつぽつ近況を話しているとあっという間に目的地へ着いた。
「戻りました」
短く挨拶をした佐倉の後ろをついていき、いつもと同じ席に促される。毎回同じところに収まって、似たような質問を繰り返されているといつもと同じように紅茶が出された。
ストレートのそれを飲みながら、佐倉と話す。こうやって問題児、いわばブラックリストにのっている面倒事を起こしそうな生徒は定期的に面談のような機会が設けられていた。ボク以外には、例えば高校からの外部入学生とか過去に何らかの被害に遭った人、顔が綺麗な子とか。
「生活面はやや問題ありで、学習面は良好。校内で注意を受けた形跡はなし。親衛隊辺りからの私怨については要注意、と」
パソコンをカタカタしている佐倉。彼は本当に生真面目で、年はひとつ下。新人なのにボクの相手をしている。前の先輩は卒業したから。頑張れ。
「……なんだ」
「仕事増やした。ごめんね」
「……綾辻が謝ることではないだろう」
キリッと背筋を伸ばしたので、ボクもそれに倣う。
「それが風紀の役割だ。一方的な感情で他人を傷つける行為に、被害者が脅えることがないよう活動しているのだから、気にしなくていい」
「ボクに問題があったとしても?」
「強姦や暴行に訴えるのは言語道断だ」
きっぱり言い切った佐倉に相槌を返す。
「悪い、脱線した。ともかく、綾辻は笑っていればいい。好きにしていろ」
いつもは笑っていない。真っ直ぐに引き結ばれた唇を見て、佐倉は「……呑気にしていろ」と言い換えた。
「佐倉。いつもありがと」
なんとなく、彼に向かって愛想笑いを浮かべれば佐倉の顔が真っ赤になった。面白い。
生真面目な彼の反応に内心笑っていると、紅茶のおかわりを注ぎに来てくれた人が「うぶなんであんまりからかわないであげてね〜」と緩く言っていた。彼も佐倉を見て笑いを噛み殺せていなかったけれど。
「……勘違いされてストーカー被害に遭ったことがあると記録されていたよな。どうして学ばない」
「え、佐倉もストーカー?」
「違う! 綾辻を心配しているんだ」
「ん。だからありがとねって」
「……そ、れは僕が悪かった」
いつも自信満々の佐倉がしおしおになった。珍しい。後輩なのに年上みたいに話す佐倉のかわいらしい態度に目を瞬いて「後輩みたい」と呟けば、ふんっと鼻を鳴らされてしまった。
「かわいげがなくて悪かったな」
「でも、佐倉の生意気なところ好きだよ」
「な、生意気は一言余計だが、愛想を売ることも覚えたんだな……」
「ぶりっ子って言われたことある」
「それは自慢気に言うことじゃない」
突っ込んで来た佐倉の呆れ顔。愛想がないって何度も言われてきたから、対極に位置するぶりっ子は貶されているように感じない。
佐倉は生真面目って言われるの、嫌かな。今朝方会った人は真面目はつまらないと悩んでいた。
「真面目って言葉は嫌い?」
「突然だな。まあ完全な褒め言葉ではない。真面目なんだからといって面倒事を押し付けられたこともある」
「ボクは真面目好き」
「……だ、から。お前、顔には出ないが内心笑っているだろう」
まさか。ぐだぐだ佐倉を見るのは楽しいから、顔に出そうなのを堪えている。
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