転校生が来たらしい

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 すっかりふてくされてしまった佐倉が最後の質問をしてきた。「久世のことをどう思うか」なんていつも聞かれなかったので、しばらく脳内で咀嚼して「久世って誰」と返す。 「久世唯人。周りに色々侍らせて、綾辻も食堂で抱きつかれたと聞いたが。転校生だよ」 「ああ、もじゃ吉か。話したくない。怖い」 「それを聞いて安心した。くれぐれも接近して惚れ込むことがないようにしろ」 「なんで」  ボクがもじゃ吉を好きになる可能性は低いと思うけれど、人の関係に対して具体的には口を出さない佐倉にしては突飛な忠告な気がする。 「綾辻が久世を追いかけるようだと荒れる生徒もいるんだ。あまり刺激しないに越したことはない」 「ふうん」 「理解しなくていい。ただ面倒事には巻き込まれたくないだろう?」  ラストは毛色の違った質問で締め括られ、疲れたように目頭を揉む佐倉にもうひとつキャラメルをあげる。むにむに噛む様子を眺めながら、少なくなった紅茶を飲み干した。    定型的な業務が終わってしばらくは佐倉と話す。サボれるし、雑談も重要というのが佐倉の意見。お前はふよふよしているから少しでも思考を掴む為なんだと言われたのだが、佐倉も変な人だと思う。    勉強が面倒。体育潰れて欲しい。アップルパイが美味しかった。イヤホンが壊れた。委員長はたぶん良い人。  とりとめもなく話していると風紀室の入口が開いた。誰かが入って来て、佐倉が一旦そちらへ行く。少しだけ話してから受け取った物をデスクに置いて、ボクの方へ戻ってきた。 「悪い、中断して」 「ううん」  あの後ろ姿。高い身長。  おそらく食堂で逃げて行った人だ。 「いまの人、誰」 「書記の國巳先輩だろう……って、綾辻。お前まさか、生徒会の面子を覚えていないのか……?」 「副会長は理仁」 「生徒会は副会長だけじゃないだろう。よし、いまから把握させる。すぐに覚えろ」    そう言って紙とペンを取り出した。さらさらと文字を綴り出した佐倉の手元を見るために少しかがんだ。 「いいか。会長は(さざなみ)。会計は来栖(くるす)。書記が國巳(くにみ)で庶務が宇多川(うたがわ)だ」  役職名の横に名前を書く。  トントンとボールペンの先でそれらを叩いた。なんとなく聞いたことがある響きに頷くと、ひとりずつ暗唱する。 「何故名前を覚えていない」 「生徒総会、休んだ」 「そういうことにしておこう」  許された。やった。 「……まさかなんだが、風紀委員長と副委員長を知らないってことはないだろうな……?」 「む、知ってる。天ヶ瀬(あまがせ)委員長と、お……おかきみたいな名前の細い人」  佐倉の視線が怖い。 「あはは〜俺はおかきじゃなくて落合(おちあい)だよん。まっさか名前を覚えられてないなんてなあ」 「あ、紅茶の人」 「そう! 俺が紅茶のおにいさんだよ。ちなみに本業は副委員長なんで覚えてね!」  急に現れたおかき、じゃなくて落合先輩はワッハッハと笑って佐倉の横に座った。紅茶の人こと落合先輩は何度も会っている。いつの間にか昇進していたようだ。  明るい声に佐倉が仕方なさそうに端へ詰め、ありがとなと落合先輩が肩を叩いた。 「落合先輩も、キャラメルいる?」 「え、なになにくれるの? やったね、俺さあ甘いもの大好きなんだけど風紀って固いっつーかお煎餅みたいなやつが多いのなんの! 差し入れも渋いっていうかさ、やっぱし風紀のイメージってお煎餅なのかなあ。ね、ね、アキくんはどう思う?」  たくさん喋る人だ。情報が多い。キャラメルをひとつ渡しながら考えた。 「マカロンとか渡しても甘いのじゃお茶が飲めないって感じ。お煎餅、似合う」 「やっぱりそうかあ。うちの奴らはマカロンなんて見たことも聞いたこともないんだろうなあ」 「副委員長、僕達を何だと思っているんですか」 「そりゃー堅ぶつだよね。堅ぶつの1年エース佐倉だってタピオカをカロリーでしか見れないタイプでしょ」  タピオカ……と慣れない言葉を口にする佐倉に落合先輩はけらけら笑った。
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