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「アキくんは最近どう? 元気?」
親戚のおにいさんのような口振りに、佐倉が呆れ顔でコーヒーを啜った。平の佐倉にとって落合先輩は上司にあたるはずだが、それにしてはどうも視線が生暖かいように感じる。
「元気」
「そっかあ〜。なんかさあ、アキくんなんだかんだで問題事に巻き込まれて来たからこっそり心配してたんだよ。うんうん、元気が一番!」
「落合先輩は溌剌」
「俺は健康とパワーが取り柄じゃん? 周りが優秀だから脳筋キャラで突っ走りたいよね〜」
「副委員長、書類なら沢山ありますよ」
「やっだ、佐倉。急に現実見せないでくれ……」
ずーんとした落合先輩の表情は本当に暗くて、喜怒哀楽をしっかり主張するところは相変わらずだった。
「佐倉も一緒にやろう。ふたりでやれば怖くないって」
「あごに手をあててもかわいくないですよ」
「ちぇー。佐倉のけち、って。あ、そうだ!」
いかにも閃いた!って声をあげた先輩がこちら側に来た。ボクの耳元に小声で指示を出し、さあどうぞと手を叩く。
……えっと、
「佐倉。て、手伝ってあげて……」
元から身長差があるのだが上目遣いになるよう小首を傾げて指定の台詞を吐く。動作もすべて落合先輩が監修なので堂々とやりきった。責任の所在はすべて先輩にあり、たとえ失敗してもボクは素知らぬ振りをする。
「佐倉?」
反応が何もない。
「待ってよ佐倉くーん。なあに焦点ズラしてんだよお。ちゃんと見なよって、もったいない」
「……副委員長、そろそろ天ヶ瀬委員長をお呼びしましょうか。そうしましょう。決定です」
「アッ、これは本気の目だわ。ガチだわ。アキくん、ツンツンした男はモテないよね?」
「ツンツンも真面目も良いと思う」
「あー……アキくんやっぱり癒やしだわ。紅茶おにいさんになってよかった……」
天を仰いだ落合先輩は渋々デスクに戻っていった。面談が終わった佐倉は扉を開けて、更に着いてくる。
「送らなくていい」
「いましがた制裁に遭いかけたことを忘れたのか」
「よろしく」
「それでいい。綾辻はもう少し危機感を持て」
曖昧に返事をすると佐倉は難しそうな顔をした。端正なのだが、ややコワモテの可能性を秘めた1年生は「抽象的だが」と付け加える。
危機感。警戒心。
意識の持ちようで何が変わるのだろう。友達だと思っていた人間に、親しかった先輩後輩に襲われた人は警戒心を抱かなければいけなかったのだろうか。前触れ無く起きた人はどうだったんだろう。警戒していても、ダメだった人は。
「佐倉」
ひねくれた考えが一瞬だけ脳裏を過ぎった。
「なんだ」
「そこまで気にしなくていい。しばらくは荒れるけど、世話にならないよう頑張る」
「殊勝な心掛けだが、何かあればすぐに頼れよ」
釘を刺される。
「制裁なんてごっこ遊び。恐るるに足らず」
「……こちらを全否定か?」
「どうせボクはボクの好きなようにするし、強姦されたところで初めてじゃない」
「傷つくことには変わりないだろう。自分のことぐらい大切にしろ」
苦い苦い声。
佐倉にする話ではなかったなと思い直し、気をつけるようにする意を伝えれば、更に顔を歪められた。流そうとしたことくらいはバレてしまうようだ。
説教は面倒だな。どうはぐらかすか考えていると、佐倉の眉間が、ぐ、と寄ってまた元に戻っていく。
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