転校生が来たらしい

21/22

1667人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
 本当にどうでも良かった。ボクにとっての制裁なんてそこそこよくある日常の一部だ。躍起になる彼らを滑稽だと鼻で笑うことはないが、その労力を別のことに使えばいいのにとは思う。暴力行為に及ばれると痣も出来るし、痛いから出来ればやめて欲しい。その程度の認識しか持たないが、周りはそうもいかなかった。  今までは周囲の言いたいことは理解出来るので、それなりに言葉を合わせればやり過ごせたのだが。  どうも佐倉には通用しない。この馬鹿みたいに真面目で頭の良い風紀委員は、本心から引っ張り出さないと気が済まないのだろうか。 「気をつける」  もう一度言ったが、佐倉の悩ましい表情は変わらず貼りついている。 「痛いことは嫌だろう?」 「誰だって嫌い」 「知らない奴に襲われたら気持ち悪いか?」 「当たり前」 「なら軽く見るな。大したことないと割り切らなくたっていいじゃないか」 「うん」  はああ、とひとつ溜息。 「何ひとつ理解されているように感じない」 「そう?」 「他人事のように話を聞いているだろう」  そうだろうか。嫌だとは思う。ボクは人形ではないので、好きも嫌いもきちんとあって、それなりに表明している。ただ、そもそも制裁の対象になりやすい行動を取っている事実には変わりなく、目をつけられぬようにしないのはボク自身の選択だった。  嫉妬。嫉み。妬み。  そんな感情を滅多に抱かないから、どこか斜に構えているのかもしれない。  互いに無言で歩いていた。 「……佐倉?」  しばらくの間、黙っていた佐倉が急にボクの腕を引っ張り、足をとめる。喜も怒も哀楽も、それ以外だって浮かべていない佐倉が何をしたいのか分からず、首を傾げると「僕が、」と口にした。 「僕が。自身をなおざりにされると。自分を大切にしてくれないと、こちらも悲しくなる」 「……え、」  急に何を言い出すかと、思わず音が溢れた。ひたりと目が合わせられる。薄い褐色の瞳は瞳孔が自然と主張され、視線の先に自分がいるんだなとぼんやり思う。 「本当に何でもないのかもしれないが、見ている側としてはもどかしい」 「……佐倉?」 「加害者をどうでも良さそうに見ている綾辻に、何故か僕の方が苛立つ始末だ」 「ごめんね、?」 「本心でなくとも、平気だと嘯かれるとやるせない。どうにか出来ると思い上がっていた自分に腹が立つ」  そんなに考えないで欲しい。わざわざボクへ気を配る彼に、一抹の罪悪感を覚える。 「最初に言ったと思うが改めて言わせてもらう」  掴まれた腕は冷えている。もとから体温は低いが、するすると熱が抜けていくようだった。代わりにと言いたいのか、逃げ腰のボクを捉えて離さない佐倉は指先までゆるりと力が添えられている。 「何かあれば頼ってほしい。力になりたい。出来得る限り、辛い思いはして欲しくない」 「べつに、」  不思議な人。何でこんなに真っ直ぐこちらを射抜いてくるのだろう。ただの問題ばかり増やす厄介な存在に、どうして向き合うのだろう。  幾ら知り合いと話しただけで口さがない噂をされ、幾ら関わりのない人との関係を疑われてもボクは気にしない。ただ自分の噂が発端で風紀には迷惑をかけている。だから、こう、言いたいことが綯い交ぜになってしまっていた。ただでさえまともな応えを見つけられないのに。  何と返せば良いのか、言葉が出てこない。  夕日を帯びて柔らかく光る廊下で、口ごもる。  ざ、と少し開いていた窓から風が吹き込み、ボク達の間を駆け抜けていった。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1667人が本棚に入れています
本棚に追加