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困った顔をしていると思う。ボクが。そもそも何の話をしていたか朧げになってきたし、佐倉は一体どんな答えを求めているのかよく分からない。
自分を大事にするとか、相手を恨めしく思うとか、抽象的なことに何と返事をすれば良いのやら。佐倉の質問に問題がある気がする。そうかも。もっと簡単なやつが良い。明日のおやつの話とか、中庭の小川周辺にいちごのような実がなっていた話とか。英語の小テストが近い話も、……そろそろ勉強しないと不味いな。
「佐倉のわからずや」
「急にふてぶてしさを取り戻すな」
「考えたってわからない。ダメな時はダメ」
「その駄目な時は駄目、が傍から見れば諦めているように感じるんだ」
「勝手に心配していればいい。そこまで頭は回らない」
そこまで相手の気持ちを汲み取る余裕はない。然程器用な質ではないと佐倉だって知っているのに。
「レベルを合わせて喋るべき」
「……成績は上位に食い込んでいたと記憶しているが」
「勉強と地頭は別」
「ああ、わかった。わかったよ」
キッと睨みつけるが如くこちらを見てくる佐倉が若干語気を荒らげた。
「ひとつだけでいいから約束しろ。今後一切、自分をないがしろにするような発言をするな! 心配はこっちが勝手にする。馬鹿への対応も任せておけ」
「……え、それだけでいい?」
「言いたかったのはこれじゃない。他にもごまんとある。ただ一度に言う必要もないからな」
「優しい」
「元からだ」
「確かに。頼りにもなる。強い」
長い長い溜息を吐く佐倉にお疲れ様の意を込めてキャラメルを渡すと、じとりとした目で瞬きした。
腕をこちらに伸ばして、包装を剥ぐとボクの口元に持って来る。半ば反射的に口を開くと、少し柔らかくなった固体が滑り込んできた。
「ん、む。」
キャラメルはあまり食べたことがなかったのだけれど、想像以上に甘い。これ、佐倉は苦手だったんじゃないか。舌の上でじわじわ溶ける糖分の結晶に、もう食べる気は起きなかった。
「あまい。要改善」
「好きだから持ち歩いていると思っていたんだが」
「桐ヶ谷に貰った」
「ああ、昼のアレか……」
「今度はしょっぱいのがいい。あられとか」
「煎餅に被せるな」
奥歯で噛んで、押し潰す。
佐倉は良い後輩だ。こんなに責任を感じて、ボクの為を思ってくれているのならボク自身も少しは改善した方がいいのかもしれない。具体策は二葉先輩あたりに聞いておけばいいか。
「――制裁なんて何故起きるんだろうな」
担当になった直後に空き教室へ連れ込まれたり、結構手の込んだ計画を立てられたり。別に佐倉のせいじゃないのに、考え過ぎているなら悪いと思う。
「単純。嫉妬」
「親衛対象だって嫌がるだろうに」
「ボクと関係は切らないって、引っ掻き傷を舐められながら言われた」
「……そういう変態チックなエピソードはいい」
「真面目に言うと、そこでやめることが出来たら風紀は必要ない」
不思議なのは分かる。
しばらくとりとめもない会話を交わし、佐倉の頭が絡まってきたところで寮に着いた。
じゃあまた、と別れの挨拶をさらりと述べ、佐倉に背を向けようとしたところで引き留められる。
「なに」
「……何でもなかった。またな」
「そう。佐倉も寒暖差には気をつけて」
今度こそ扉の向こうへ消える。その後ろ姿を困ったように、けれどどことなく優しそうな表情で見送られていることなど露知らず、ボクは今日の夕食について考えていた。
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