新入生を歓迎する

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 淡々と話を進めている。あまり時間に猶予はないとのことだが、限界まで話を詰めるつもりらしい。置物であり観葉植物と大差のないボクは淀みなく喋る理仁や窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。時々どう思うか、みたいな質問をされ、そこそこ考えて答え返すだけ。それも結構簡単だ。  副会長が自分の意見を押し通すのは立場上憚られるので、ボクは然りげ無く理仁の考えを汲み取って自分の意見として口にした。  そうすればボクも楽。理仁も嬉しい。  他の生徒が指摘された該当箇所の説明をしていると、ボールペンが転がっていく音がした。それはボクの足元で止まったので、拾い上げる。 「あ、すみません。私のです」  意外にも筋張っている腕が、指先が、落ちたペンを受け取るためにボクへ伸ばされる。朧朧にその様子を視界に映し、渡そうとしたところ小声で話しかけられた。  なに。ぱち、と瞬きし、少し上を向くと、理仁は落ちた物を拾う体でボクに近づく。 「良い子ですね」  ぽそりと呟かれた。柔らかい声。子供を褒めるような声色はすぐに消え去った。ペンを渡すときに形の良い指先が当たり、再度すみませんと囁かれる。  と思えば一瞬で切り替えて涼しい顔でホワイトボードを見つめていた。  このまま頑張れとのことだ。  上手く決まらないらしい。資料を見つめる。  交流出来るか否かで考えるから難しい。確かに接点が生まれる方が主旨に沿えるが、そもそも楽しければアドレナリンで会話も弾むのではないか。  そう言えば行き詰まっていた彼らが納得し、まあいっかの精神で話は進んだ。  ああでもない、こうでもないと話し合い、企画は練られていった。会議はまた設けられるとのこと。皆が楽しむ為に色んな人が動いていることを実感し、さて帰ろうかというところで理仁に呼び止められた。 「綾辻くん。少々お聞きしたいことがあるので、このあとお時間を頂いても?」 「わかった。……委員長、先に帰ってもらっていい?」  ボクの横で慌てる彼に耳打ちする。「大丈夫?」と心配してくれた委員長に、ひとつ頷いて後方を見た。手伝おうとする生徒に帰って休むよう促し、ひとりで片している理仁を見て委員長は不安そうな顔をする。 「副会長は優しいと思う」 「う、うん。まあそうだよね」  他の生徒はそそくさと帰っていく。理仁はやはり怖がられているのか。仕方ない、巷では腹黒眼鏡とも呼ばれている。  委員長が「またね」と手を振って去り、室内にボクを理仁だけが残った。  机の上を片付ける彼を手伝うため、使ったホワイトボードを真っ白に戻すことにした。お互い特に話すことなく、作業を進める。やはり先程の用件とやらは嘘だった。別にいいけれど。  水性のマーカーとイレーサーを並べていると、ボクよりも大きい右手が淵にかかる。  後で頼もうと思っていた、一番上の青いインクを消そうと理仁がボクの背中を覆い隠す。 「酷いですね、晶。いつになれば貸した物が返ってくるのですか」 「……洗濯中」 「おや、随分とのんびりな洗濯機をお使いで。私が新しいのを送った方が良いですかね」 「要らない」  実際は洗ってある。綺麗に折りたたんで、テーブルの上に置かれていた。毎朝眺めているとインテリアの一部として溶け込んでいるように感じるほど、同じ場所で持ち主に返されるのを待っている。  ただそれを言うつもりはない。    ちらりと上を見上げれば、何でしょうかと言いたげに理仁が微笑んだ。
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