新入生を歓迎する

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 かわいらしい憎まれ口を流し「かっこいい」「流石は副会長」「ランキング上位は伊達じゃない」と揶揄したところ、むすっとした理仁に再度頬を挟まれた。むにむにむにむに、お正月の餅だってもっと優しく扱われるのではないかというくらい好きにされた。終始無言なので傍から見ればシュールかもしれないこの状況を甘んじて受けていると、理仁がやっとくちを開く。 「マイナスイオンでも出してます?」 「限界値。頭がイカれてきた」 「……結構口が悪いですよね、あなた」 「素直」 「それとこれは違いますよ」  もう、と頬を膨らます。静謐のなんたらと呼ばれる理仁の子供じみた表情。「まあ素直と言えば素直ですけれど、やはり違います」と言って、不満そうにボクに向かって溜息を吐く。む、失礼な。  顔をしかめたボクに、理仁は笑った。先程まで見ていたようなのではなく、邪気を交えて。 「率直に言います。甘やかしてください」 「ん……、?」 「最近忙しくてまともに寝られていないんです。昨日なんて時間外労働もして4時間程度。カロリーメイトを流し込んで時短したというのに」 「4時間……カロリーメイト……」 「晶と居ればじきに回復すると思うんです。今日の夜、部屋に伺ってもいいですか?」 「わかった。理仁、お疲れ様」  栄養機能食品と短時間睡眠という著しくQOLを欠落させた生活。ありえない。理仁は基本的に忙しいが、そこまでとは思わなかった。  すんすん鼻を鳴らす理仁を宥めて、何が食べたいか尋ねると即座に「炊き込みご飯」と返ってきた。    どうすればいいのかいまいち分からないが。 「甘やかして、?みる」 「私の寿命はあなたにかかっています」 「え、やだ。重い」 「例え焦がしたとしても、私の卵焼きより晶が作った卵焼きの方が美味しいのは自明ですよね……」 「こわい。理仁が変。そんなに疲れた?」  心配になってきた。ボクよりも体力があるとはいえ、きっと頭が負荷に耐えられなくてネジが数本錆びついてきたのだろう。憐憫の念を禁じ得ない。  良心と常識に則った我儘なら聞いてあげると言えば、先程よりも瞳が輝いた。わかりやすい。 「補充させてください」 「ん、いいけど」  理仁の髪が擽ったい。除けられた前髪ごと頭を撫でられ、柔らかい毛先が額や頬に当たる。「癒やされる……私の部屋に欲しい……」「ストレッサーが存在するなら癒やしが居てもいいのでは、」などとぶつぶつ言っている理仁に憐れみの目を向けておいた。 「もういい?」 「もう少しだけ……」 「さっきもそう言った」 「そうでしたっけ。覚えていませんね」  痴呆。結構時間も経ってしまったし、そろそろ理仁も戻らないとダメだと言って引き剥がすと、戻りたくないですと駄々をこねる。  仕方がない。 「かっこよくない理仁は嫌い」 「仕事なんてすぐに片付けてきます」 「頑張れ」  一緒に出るのは流石に憚られるので、ボクが先に帰ることにした。ばいばい。小さく手を振って、扉に手をかけたところで聞こうと思っていたことを思い出した。 「ボクの首筋噛んだの、理仁だよね」 「バレましたか」  白々しい。軽く睨めば、上目遣いになるのでやめた方が良いですよと朗らかに笑って頬をつつかれた。
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