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扉を開けると不審者のような男が入ってきた。大きな黒縁眼鏡をかけた、地味で根暗そうな彼から昼間の副会長を連想することが出来る生徒は少ないだろう。
「晶。こんばんは」
靴を脱いで、眼鏡を外すと髪を掻き上げる。ふるふると頭を振って、適当に元の姿へ近づけるとボクの腰に腕をまわしてきた。
「有言実行」
「ええ。大分片付いたので明日から楽そうです。ところで今日の夕食は何ですか」
「リクエスト通り。お風呂入った?」
「入ってきました」
そう。手を洗ってくるよう指示し、キッチンへ戻ると味噌汁を火にかけた。温めている鍋に乾燥わかめを散らし、他の器に出来上がった品を盛り付けていく。テキパキと動いていれば、理仁が肩越しに手元を覗いてきた。おかえりなさいが欲しいですと頬を膨らました理仁を雑にあしらったのがお気に召さないようで、ぐりぐりと肩口に頭を押しつけられる。
「あ、飾り切りですか」
「そう。人参と蓮根、椎茸と茹で卵」
「前回は面倒だってやってくれなかったのに。今日の晶は優しいですね」
「お疲れ様の意」
理仁を手伝わせ、主食主菜副菜汁物を運ばせると席に着いた。いただきますと手を合わせ、春キャベツのサラダを口にする。順序よく豆腐の味噌汁と煮しめ、筍の炊き込みご飯を咀嚼した。
久々に作ったにしては良い出来だ。時間と労力はかなり消費したが、目の前で美味しそうに食べている姿を見るのは悪くなかった。
「晶、私の顔に米粒でもついてます?」
「ううん、美味しいって書いてある」
和食ばかり出てくる我が家で仕込まれただけあってどれも人に出せる程度には仕上がっている。
砥がれた包丁。くるくると動く菜箸。
ふと家のことを思い出す。立派な日本家屋、丁寧に整えられた庭園。両親と兄の顔を。
久々に連絡でも入れようか。月に一度くらいはメールなりなんなりしなさいと言われていたのだった。
「どうかしました?」
「家に生存報告しないとって」
「春は帰省していましたね」
「うん。煩いから」
そう言うと理仁は困ったようにこちらを見る。
*
硝子玉のような瞳が僅かに濁った。相変わらず実家との折り合いは良くないらしい。
淡々と食事をし、片付けを済ませた晶の青みがかった黒を見つめて、額に唇を落とす。キスがしたいというよりただくっつきたいだけで、ぬいぐるみのようにぎゅっと抱き締めればおずおずと頭を撫でられた。
本日幾度目となる溜息を吐く。
どこぞからやって来た転校生に惚れたんだか何だかで効率の落ちた生徒会役員によって仕事量が増えたことは、まあ百歩譲れないが。それよりも転校生に見つかると飽きるまで付き合わなくてはならず、一回でごっそりと体力を削られる。
「……はあ」
湖底のような色味と光を持った双眼を向ける晶を引き寄せた。
不思議な色合いの瞳。太陽の下でも真っ黒な髪。抜けるような白い肌。それらすべてが、人形のように無機質な顔を際立たせていた。
あまり笑わないので、造り物めいた顔立ちを崩すことを知らない生徒は多い。それにちょっとした優越感を覚えた自分に内心苦笑する。
透明度の高い眼球は、しかし薄膜でも張っているかのように焦点が掴めない。今は私を見ていると思うのだが、後ろで時を刻んでいる秒針に視線を注いでいる気もする。けれど、”晶”と呼べば硝子玉のような瞳の中で虹彩が僅かに動き、小さく何か用があるのか尋ねてくる。
「癒やしてください」
「これ以上なにをするの」
「そうですねえ。あざとい晶が見たいです」
む、と悩んでいる晶の頬をつつく。白くて滑らかな皮膚をなぞり、もう少し肉をつけた方が安心出来るなと考えていると、晶が私の右手を奪って首を傾げた。
「理仁。早く寝よ?」
「ふふ、かわいいけれどもう少しだけ時間をください。まだ10時ですし」
「ん、仕方がない」
スッと無表情になり、眠そうにあくびを零しながらも頭を撫でてきた。こそばゆい感覚に目を細める。「晶に甘やかされているからか、駄目人間になりそうな気がしてきました」と言えば「……ふうん」と適当な相槌が返ってくる。
「別にボクしか見てないから」
――好きにすればいい。
膝立ちになって薄く笑う晶に、今日も寝不足になるかもしれないなと思った。
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