新入生を歓迎する

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***  慣れた感覚。  自分の掠れた声も、この湿った空気も。  腕を伸ばして、理仁の髪をぐしゃぐしゃにした。乱れた髪に口角を上げる。む、と寄った柳眉。 「ず、いぶんと、余裕そうですねッ」 「んっ……、まさか」  いつも澄ました表情の彼が、苛立ちにか取り繕うことをやめて小さく舌を打つ。チッと聞こえたかと思えば、ボクの脚を掴んで奥を穿たれた。 「あき」 「ぁ、」  早まる鼓動のなか、うなじをなぞられる。お返しと言わんばかりに髪を乱されて、前髪をどかされると額に唇が落ちてきた。 「り、ひと」 「何ですか」 「気持ちぃ……?」  くっついていると、心臓の音が伝わってくる。バクバクと波打つ鼓動が、一層高まると理仁はひとつ深呼吸をした。落ち着かせようと頑張っているが、ボクのナカで脈打つ感触が少し硬くなる。 「……えぇ。十分過ぎるほどに。あきは、?」  懇願にめいた声色だった。別にそんな顔をしなくてもいいのに。ボクの肩が跳ねる。目を細める。気持ちいいのと、どこまでも膨らむ欲で自分の輪郭が薄くなった。 「りひと、と。おなじ」  ふっと遠くなる意識の中で、満足そうに笑った理仁の顔が印象的だった。  ぺた、と脚がフローリングにつく。  鏡に自分を映した。今回はあまり目立つところに跡がない。喉を震わせ、声が出るか確かめてうがいをする。シャワーは昨日の時点で浴びていた。  流石に倦怠感で動きたくなくて、ソファーに座るとニュースを眺める。今日は快晴らしい。  窓に目を向けると、確かに蒼昊が広がっていた。  すやすやと眠る理仁は放っておき、あくびと一緒に冷気を吸い込んだ。肺がピリつく。  休日の朝がいつにも増して怠い。気怠い。  思考もぽやぽやしている。本当は何かしようと思っていたのだけれど。眠い。眠くない。    朝食は昨日の残りでいい。終わらせなければいけない課題もない。あ、喉が渇いた。    ふたつのグラスに水を注いで、リビングに戻ってくると寝ぼけたまま歩く理仁がいた。  無防備。ふらふらしていたが、先程までボクが座っていたところにポスンと収まった。すぐにまた細い寝息が聞こえてきて、そっと近づき寝顔を観察する。  いつも理仁の方が早く起きる。あまり見ない姿だ。結構かわいい。つり目がちな目元が瞼で隠されていて、起きない程度に眺めた。    ん、そうだ。  ――パシャリ。  フォーカスを合わせて一枚だけ写真を撮る。朝日に照らされたレアな顔。売ったら高そう。  数少ないお気に入りのファルダに移して、もう一枚だけいいかなと近づいたとき。 「……あれ、晶?」  ぼんやりと理仁が目を覚ました。 「……夢、かな」 「そう。夢の中。まだ寝ていていい」 「んん、それにしてはリアルな、」 「ボクだから」 「晶だから……そうですね……」    スマホを構えていた腕を降ろした。不味い。起こすところだったと息を吐いた途端、ボクの右手首は何かに掴まれていた。  その何かって、理仁しかいないのだけれど。 「――…りひと?」  夢路を辿っているのではないのか。半覚醒の状態にしてはしっかりと握られており、思わず起きていないか確認した。  すう、とすこやかな寝息。  恐る恐る、滑らかな輪郭に触れる。いつもボクばかり弄られているので、地味な意趣返しを込めていたのだが思いの外眠りは浅くないようだった。 「不自由……」  指を解くのも憚られて身動きが出来ない。いつもであれば起こすのだが、気持ちよさそうに寝ているのを邪魔するのも……。    こくり。斜めに傾いた頭に思案する気も吸い取られて、自分が長く座れそうな体勢を探した。取り敢えず近くに落ちていた単語帳を拾い、時間を潰す。片手と膝でページを捲り、理仁が起きるまでにいくつ覚えられるか試すことにした。
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