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結局理仁が起きたのはお昼に近づこうとした頃だった。相変わらず寝惚けていて、何か口にしていたが、今となっては思い出すことが出来ない。問い質すことも。きっと教えてくれないし。
やはり言っていたように忙しい彼とはあれから会うことなく今に来ている。
新入生歓迎会。
ついぞ明日に行われる。新入生歓迎会は9時からとのことだ。数日前に配られたプリントに記載されている情報を確認して、いつもより遅く出ようと思った。
皆ソワソワして、楽しみにしている。歓迎会第一部には出ない予定なので適当に流し、6限にある英語演習のテストに向けて隣の空き教室に入った。しばらくは自分の筆記する音のみが響いていたのだが、突如隣からガタリと音がする。
「――おい」
ふと横を見れば、妙に清々しい笑みを浮かべた桐ヶ谷がいた。皆は昼食のため、このフロア一帯が静まり返っている。
「あんまり根詰めなくてもいいだろ? ほら、購買で買ってきたモンやるから食え」
「……ありがと」
「は、素直だな。カワイイ晶ちゃんには一番最初に選ばせてやる」
手を止めた。ペンを置いて、紙袋の中からパニーニを取り出し、一口かじる。それを満足そうに桐ヶ谷は眺めて、自分も購買一番人気と言われるコロッケパンを食していた。
「――…で、話ってなんだよ。オマエがメール寄越してくるなんて珍しい」
ん、ぐ。ベーコンが喉に刺さりかけた。
「これを見るに、執着心の強い人がいる。桐ヶ谷も気をつけた方がいい」
ペラリ。一枚の封筒に入っていたメッセージカードを渡すと、苦々しい表情で読んで何回も折り曲げた。
桐ヶ谷の写真が一枚と、ボクに対する恨み辛み。こういうのは多いけれど、他よりも気色が悪かったので一応教えておいた。
「オマエは大丈夫なのかよ」
「平気。何かあれば佐倉を頼る」
「あ? 誰だよ、佐倉って」
「風紀。後輩。ボクの担当」
「ふうん」
もそもそパンを咀嚼していると、桐ヶ谷の手がこちらに伸びてきた。
「なに」
「口元についてた」
「ん、ごめん」
「別に。なあ、オマエさ。痩せた?」
「別に」
「真似すんなよ」
「痩せてない」
部屋に体重計がないのでわからない。すると桐ヶ谷は長い指をボクの手首にまわす。数瞬、確かめるように握ってまた放された。瞬きのうちに消えたが、僅かに不安が滲んでいたので、少し栄養状態が悪くなったのかもしれない。
「心配?」
からかう。抱き心地が悪いとか言いそうだと思ったのだが、想定よりもこちらが動揺することになる。
「心配だよ」
……コイツ、桐ヶ谷じゃない。
「あっそ」
「自分から聞いてきたのに恥ずかしくなったのか、晶ちゃんは」
「やっぱり桐ヶ谷か」
真面目に説明すると季節柄だ。この時期になると食欲が低下するというか、身体が怠い。気にしなくていいと言うと、しばらく思案していた桐ヶ谷が紙袋に手を入れながら話す。
「じゃあ今度一緒に昼行こうな」
「は、?」
「週に一回でいいからよ」
嫌だという拒絶は桐ヶ谷が立ち上がったことで掻き消された。
「またな」
面倒事が増えた。どうしようか考えようとしたが、すぐ迫るテストと明日の新入生歓迎会に気がのろうとしなかった。先のことは先の自分に任せ、椅子に座り直すと教科書を閉じる。
「あ、何が食いたいか考えておけよ」
一瞬だけ扉から頭が覗き、また消えた。新入生歓迎会、桐ヶ谷に何もないといいけれど。
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