新入生を歓迎する

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「おはよう、佐倉」  ああ、おはよう。挨拶を返すとともに歩き出した佐倉の横をついていく。 「開始前早々に誰かが揉めたから既に捌け始めている。僕もそろそろ持ち場につかなければならないから手短に進めるぞ」 「わかった」 「ああ。まあ昨年と内容は変わっていないからな。心配しなくていい」 「そう。なら良かった」  風紀が今回の為に誂えたスペースに潜り込む。隣に佐倉が腰を降ろした。設置された多数の液晶画面を見つめ、今回は何をすれば良いのか確認する。 「不審な動きがないか観察する。何かあれば各風紀委員に知らせるんだ。モニターを見て気づいたことがあれば言ってくれ」  やり方を教えてもらい、スタンバイする。いまはまだ始まっていない。  風紀委員がぱたぱたと忙しなく動いている。皆が歓迎会を楽しむなか、何をするかと言えばもちろん風紀の手伝いだ。新入生歓迎会で全体が高揚するなか、ドサクサに紛れて何かする生徒がいないか見る仕事。  去年もやっているため不安はない。ボクのような生徒がわざわざ参加しなくてもいいよう特別的な措置であり、他にも雑用を手伝っている人の姿が見られる。 「僕は見廻り組だから、疑問が生じたらがその辺にいる委員に聞いてくれ。現時点で質問はあるか」 「気づいたことは誰に伝える?」 「ああ、もう暫くすれば来る」  画面の中には体育館という名の広い空間に生徒が並んでいる様子が映っている。皆がジャージを着用していた。ボクも着ている。 「佐倉は歓迎会参加しない?」 「綾辻なら出るか?」 「出ない」 「先輩方にも遠慮は要らないと言われたから、堂々と参加を拒否した。第二部はそうもいかないが」 「歓迎される側だから」 「まあな、……って、重いです、副委員長」  1音階上がった。すぐに戻ったが。振り向くと落合先輩が佐倉にのしかかっていた。 「おっはよ、アキくん。ね、俺としては参加して欲しかったんだけどさ、遠慮は要らないよって言ったらバッサリ『面倒なのでよくないですか?』って! 俺の先輩心は納得しないのよ、アキくん」 「そう。あ、落合先輩。差し入れいる?」 「……え、さ、差し入れ? マジで? ねえ、佐倉。もしかして都合のいい幻覚だったりする?」 「その程度で動揺しすぎですよ」 「うっわ冷たい。これは現実だな……」  今日ここに来るとわかっていたので、以前送られて来たものの量が多くて困っていた品を渡した。厄介払いではない。有名店の人気商品らしいのだが、開けたら食べきれないとわかっていたものだ。 「え、これ結構並ぶやつじゃん。佐倉知ってる?」 「副委員長、そろそろどいてくれますか」 「長時間並ぶのってやっぱり辛いのかな?」 「重いです」  マカロンではないが焼き菓子が詰まっている。まったく噛み合わない会話に諦めた佐倉が先輩を気合でどかし、じゃあ、と持ち場に向かって行った。 「――…んふふー。俄然やる気出ちゃったよね」  隣に座った副委員長は長い手脚を伸ばし、コキコキと骨を鳴らす。  くるりと椅子を回転させ、落合先輩がこちらと向かい合う形に調整した。にひ、と愉快犯のような笑みを浮かべてバーっと注意点を話す。  すごい。よく舌を噛まない。感心していると、腕時計を一瞥した先輩が液晶を見て声をあげた。 「あ。アキくん、こっち見て。諏訪くんが挨拶してるところだ。そろそろ始まるみたいだよ」  マイクを片手に愛想を振り撒く理仁と、全校生徒。ふんふん鼻歌を歌いながら機器を操作する落合先輩を横目にモニターを眺めていると、楽しげな声色が鼓膜を揺らした。 「――さあ、新入生歓迎会の始まりだ」  画面の中で、より一層生徒が沸いた。
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