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ほつれた髪を手櫛で元に戻し、画面を注視する。隣から「あっ無視された?!」と聞こえてきたが、職務を全うしたいのでやんわりと流しておいた。
ちらちら怪しい動きを見せかける時はきちんと観察してから落合先輩に報告し、最後まで視線は逸らさなかった。
「――…第一部は終了! 皆お疲れ様〜!」
なので先輩の声に気がつくまで微動だにしなかった。気持ち重くなった肩と疲れた目を動かして細く息を吐く。「あーきくん」と呼びながら肩を叩かれ、横を見ると落合先輩がにっこり口角を上げていた。
「――わっ、ごめんなさい!」
落合先輩にお茶を貰ってきてと頼まれ、給湯室の辺りに行った。誰か暇そうな人……と思い、一歩踏み込んだところで。
運悪くお茶を載せている盆を持っていた生徒にぶつかりそうになり、反射的に腕を伸ばした。傾きかけた身体を後ろから軌道修正し、なんとか持ち堪える。
「ありがとう。助かっ……ったよ」
整っている。振り向いた瞬間、直感的というか第一印象はそれだった。さらりとした髪が頬を流れている。パッと視界に入った顔はやたら、こう、この学園で苦労していそうだった。
間があったことについては気にすることなく、無事で良かったと告げて、手元を見る。
「お茶係?」
「え、えっと、うん、おれは手伝いで。何か飲みたいなら気軽にどうぞ!」
「お茶を2杯分頼んでもいい?」
「もちろん。すぐに用意するから待ってて!」
そう言ってぱたぱたと奥へ消えた。はずなのだがなにやら不穏な音がする。
ドン、痛ッ! うわ、あ、ごめん!
大丈夫? 一抹の不安を感じつつしばらくすれば、妙にどぎまぎした様子の彼に盆を渡された。
「ど、どうぞ……」
「ん、ありがとう」
大方第1部の催しが終わり、ほっと一息。
「えー……アキくんコレすっごく美味しい」
「口に合って良かった」
自分でも一口噛じる。さく、と生地が崩れて、小麦とバターの風味が広がった。後でお礼のメールを送っておこうと頭の隅に書き留める。
肩を鳴らし腕を伸ばしで各々楽な姿勢を取っている。落合先輩は「差し入れだってー!」とウキウキで皆にお菓子を配り、幸せそうに頬張っていた。
「このあと休憩と準備を挟んでレセプションパーティーかあ。俺もう疲れたんだけど」
「副委員長、そんなことを言ってると戻ってきた委員長にどやされますよ」
「だってパーティーで羽目外すやつ多過ぎない? アルコールでも摂取したっけレベルじゃん」
「雰囲気は最高のスパイスですからね」
アキくんはどう?と尋ねられたが、疲れはない。風紀は事前準備から当日まで業務があるので疲労を感じるのだろう。加えてお守りまでしている。多岐にわたるとはこのことだ。
「レセプションは出る予定?」
「二葉先輩がうるさ、一緒に行きたいって言うから」
「二葉はこういうの大好きそうだなあ」
「パティスリーのスイーツが沢山あるって」
「俄然やる気が出てきちゃったなあ」
「チョコレートフォンデュのタワーも」
「やっべ、お腹空いてきた」
あからさまに瞳が輝く先輩に彼方此方からからかい混じりの声が飛んでくる。仲がいい。第二部も頑張ろうね〜とゆるやかな声で周りを鼓舞していた。
あっさりと第一部が終わった。けれど退屈だったように感じないのは、先輩のお陰だろう。
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