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耳触りのよい声だった。どこか聞き覚えがあるのだが、あいにく人の波で遮られており声の持ち主を見ることは叶わない。発言内容からして生徒会長だと思うのだが。最低限の人物しか覚えていないとはいえ、流石に会長の声には馴染みがあったのかと首を傾げる。
「まずは1年生の諸君。入学おめでとう―……」
1年生の入学を祝う言葉と、準備に携わった者への感謝。それらがゆるりと紡がれ室内を淡く満たしていく。
人を惹きつける力でもあるのだろうか。周囲を見渡せば余程食い意地が張っていない限り、数多の生徒が聴き入っていた。
そして数少ない食への欲求露な生徒のひとりであるボクは、残りのひとつをチョコレートの海に沈めるべく右腕を構えている。
砂糖漬けにされた柑橘類。そっと薄い膜を形成させ、ぱくりと一口。濃くオレンジに光るコンフィは適度な苦味があって非常にカカオとの親和性が高かった。甘酸っぱさもあってチョコの甘みが緩和されており満足していると、肩に重みが。
「あ、やっぱりいた。晶ちゃん絶対ここにいると思ったんだ、って。あれ、今日雰囲気が違うねえ。よく似合っているよ」
夏に炭酸水。白石に笑み。ごく自然と人を褒める白石はあれだ。たぶん、
「人たらし」
「俺が? じゃあ晶ちゃんはいま誑されたってこと?」
「チョコレート以上、チョコレートファウンテン以下」
「判定が厳しいなあ……」
苦笑した白石を改めて見る。服装はネイビーを基調としていた。ネクタイも青系統で纏められており、前髪を軽く後ろへ流している。珍しい格好に瞬きすると、白石は恥ずかしそうに頬をかいた。
「……あはは、親衛隊の方から要望? されて。服に着せられているみたいでちょっとそわそわする」
「そう? 似合ってる。かっこいい」
「え、本当?」
「本当。かっこいい」
誰が見ても褒めるだろう。語彙というものを持ち合わせていないので、”かっこいい”を繰り返す。次第に白石の表情が緩んだことを確認し、小さく後ろを指さした。
「白石もやる?」
「あ、やるやる。どれがおすすめ?」
「オランジェットにするといい」
きらきらしている。照明を受けて薄い橙色に染まっている白石は、一口食べて「あま……」と零していた。
「晶ちゃんは誰と来たの?」
「二葉先輩。白石は?」
「特定の人はいないんだけど、親衛隊の子たちと話してた。いまはちょっと抜け出してきちゃった」
きっと綺麗に着飾った愛らしい顔立ちの生徒が、白石を探して会場を歩き回っているのだろう。人気生徒は大変だ。一緒に踊りたい生徒が我先に先約をもぎ取ろうと躍起になっている姿が想像出来る。
キャットファイトまで思考が飛んだところで、音楽が一転。最近流行りらしいポップスに移行した。跳ねるようなリズムに場の雰囲気が変わる。
どうやら会長の挨拶が終わったようで、先程のアナウンスと同じ声が流れていた。
「晶ちゃん。甘い物以外も食べなきゃだめだよ?」
「うん」
「痩せたでしょ」
「白石でふたりめ」
「それなら尚更気にしないと」
「やだ」
「残念。俺には効かないからね」
「ちッ」
「わ、柄が悪くなった」
ぶりっ子損した。生返事をして小さなケーキ達のどれを選ぶか考える。手のひらに収まる大きさで、しかし鮮やかに自己を主張している。
表層をラズベリーのナパージュで覆ったタルト。断面の美しいオペラ。大粒のいちごがのったショートケーキ。粉砂糖がふりかかったシュークリーム。
胃はあまり積極的ではない。けれど確実に美味。視覚的に楽しんでいると名前を呼ばれた。
振り向くと同時に眼前へスプーンが迫ってきたので、反射的に口を開く。
「美味しい?」
ボクがアミューズを飲み込むのを見届けて、いつもと変わらぬ表情の白石が問う。
「……おいしい」
「このまま俺が食べさせる、所謂あーんで食事をするのか自分で食べるのか。どっちがいい?」
「…………自分で食べる」
「そう?」
ざんねん、と言われた。白石らしくないなと思いつつ、ケーキは諦めた。
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