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白石が名前も知らない生徒に連れて行かれるのを見送る。白石は困ったように眉を下げ、当たり障りない言葉で相手をする。小さく頭を下げてきたので、こちらも問題ないと首を振っておいた。
去り際、ご丁寧にボクを睨み、ついでとばかりに表情へ優越を滲ませた誰か。度量が窺えるのでやめた方がいいと思う。口にはしないが、視線に出そうだったので軽く俯いておいた。
「……おそい」
さて、二葉先輩が戻ってこない。大方誰かに呼び出され呼び止められの大忙しなのだろう。先輩はあの意味がわからないランキングに入っていた記憶がある。
と、そこまで考えて。
後ろに知らない生徒を侍らせた先輩がげっそりとした表情でボクのところにやって来た。このあまり長くない時間で消耗した様子が見てとれる。
「……ううう、晶。しばらくひとりになれそうにないや。ごめんね、僕が誘ったのに」
面目ない、といった様子だった理由はこれか。別に。気にしなくていい。二葉先輩の想定ではバッサバッサと敵を斬り倒すはずだったらしいのだが、まあ相手も諦めが悪いと。
「仕方ない。先輩は人気者」
「変態共に好かれてたって嬉しくないもん。僕は晶と一緒にまわりたいのに……」
「ボクも」
「ううううう。晶はやっぱりかわいいね……」
「先輩が物好き」
「この捻くれた口もかわいい、」
不自然に言葉が途切れた。案の定、先輩に用のある生徒が彼の袖を引いたようだ。一瞬だけ眉が歪んだが、振り向いた時には愛想よく微笑んでいた。
「あ、の」
「待たせちゃってごめんね。もう少しだけ時間を貰えるかなあ? いま僕、この子と話してるから」
ひやり。不機嫌だ。
「何かあれば連絡してね。いい? ここには頭の沸いた馬鹿が彷徨いているから気をつけるんだよ? まあ会場でコトをしでかす奴はいないと思うけど……」
矢継ぎ早に話して、先輩は渋々会場の中央へ戻っていった。
二葉先輩の言う通り、直截的な物言いや行動を取るやつはいなかった。しかし「一緒にぬけださない?」「夜風にあたろうよ」などと遠回しに誘ってくるのは何人もいた。その下心が垣間見える発言はおいておき、何故コイツらは目の前にある食べ物に心惹かれないのか。
太るには何がいいのか考え、取り敢えず肉を食していたボクに話しかけてきたこの男。
口説く暇があれば食事でもしていろ。あしらおうとしてもクドいコイツを横目で眺める。
「いやだ」
「そう言わず、」
「悪いけど、名前すら知らないから」
するりと横を通り抜ける。振られてもなお引き留めるなどという行為に出なかったことだけは評価する。相手の顔など見るはずもなく、面倒なことになる前に会場の中でも目立たないところを目指した。途中でウェイターからオレンジジュースの入ったグラスを受け取り、歩みをすすめる。どうせ先輩もいないし帰ってもいいかと思ったが、せっかくならもう少し眺めておきたかった。
水族館に行きたいと思いながら、軽やかな音を背景に人と人との間をくぐり抜けていった。
会場の熱気を振り落とし、壁に背を預ける。人気のないこの場所で、くるくるきゃっきゃと踊る生徒達を見ていた。時折息のあったペアが周りを沸かせている。
冷えたジュースを喉に流し込んでいると、足音が聞こえた。こちらに向かっているらしい。独り占めはもう終わりかと思いつつ、顔をあげると随分派手な造形の人がいた。
目が合ったな。ぼんやり考えていると微笑まれた。他に誰もいないので、ゆるく会釈しておく。
「こんばんは。君ひとり?」
先程のチョコレートの味を思い出した。
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