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彼はボクと同じ姿勢をとった。人ひとり分の距離をあけ、長い手脚をするりと収める。黙っていれば再度こんばんはと言われたので、一字一句同じ言葉で返した。
すると満足そうに微笑む。微笑。睡蓮。ショコラ。ダークブロンドというべきか、形容し難い色の髪が不思議と目を引いた。
「壁の花にしておくのはもったいない美人さんだね」
石ころの間違いだ。
「そちらこそ。ひとりでいいの?」
「見つからなければどうということないよ」
ふうん。そういうものか。もしかしたらコイツも疲れているのかもしれない。少しくらいは我慢するか考えていると、あの輪に参加しないのか尋ねられた。
「相手がいない」
「君にならいるでしょ。あ、もしかして相手の足を踏んで転んでしまうのかな」
「べた過ぎる」
思わずといった風で返せば笑われた。笑いのつぼが浅過ぎる。
「じゃあどうして?」
「は、?」
「どうしてひとりでいるの?」
なに、コイツ。調子が狂う。相手にしない方がいいと直感が告げる。一歩横へ動く。距離だ、距離。
しかし自分の思惑とは裏腹に、彼はボクの頭を見て「あ、」と言った。
「何かついてる。少し大人しくしていて」
そう言ってこちらに近づいた。垂れ目気味の目元だ。軟派な印象の要因だろう。
色素の薄い瞳は瞳孔が目立つ。くるりと動く様子を、彼が手を伸ばしている間観察した。
「取れた?」
頭部を触れられた感覚にそう尋ねると、相手は少し意外そうに目を瞬いて、にこりと笑った。
それと同時に額に柔らかい感触が。あ、キスされた。皮ふの一部に騒ぐことでもないので殴らないでおき、なかったことにして受け流す。
逃げないんだね。
そんなこちらの様子にも口角をあげる。よく笑うやつだ。何が面白いのかわからない。不思議ちゃんというものだろうかと見つめれば、口を開いた。
「うーん、ある意味噂通り。かな?」
「何が」
「面白い反応に半分、無反応に半分ずつ賭けてたんだけど、想定以上に無表情だったから」
「さっさと飽きて」
「まさか。むしろこの澄ました顔を崩したくなると思わない?」
ずかずかとこちらのパーソナルスペースに踏み込んで来た。鬱陶しいと顔に思い切り出し、どこかへ行けと主張する。人並みに睨むか思案し、理仁の言葉を思い出したので無表情に戻した。
「思わない。早くどい、て……」
胸元で何かが光る。よく見ればネクタイピンであった。硬質なそれは光を鈍く弾き、それとなく存在を仄めかしている。
「生徒会……?」
見覚えがあった。理仁がつけていたはずだ。思わず眉間に皺が寄り、ぐぐ、と戻す。
「ぴんぽん。ようやく気がついた? 案外鈍い子なんだね」
愉快そうに正解だと告げる。ネクタイに長い指を這わせ、「これでわかったんでしょ」と言った。
「そうだけど」
「ねえ。君みたいな生徒会に何の興味もありません、って子がどうしてコレのことを知ってるの?」
だって理仁が話していたことがあったから。そこまで考えて、思ったより厄介な相手かもしれないと思った。面倒なやつに見つかったようだ。僅かに肩を揺らして、ボクを覗き込んでくる。繊細な影を作り出す前髪の奥で瞳を細めている。
誰だろうね。首を傾げられた。コイツ、絶対に誰なのかわかっている。わかっていて、何故こちらに接近するのかが理解出来ない。理仁の相手に興味がある、という線が最も有力だけど。
「……知ってたから、なに」
あからさまに警戒するボクだったが、いつの間にか退路を絶たれていた。随分手慣れている。
甘い香りを漂わせていそうなのに、意外と何も纏っていない彼がボクの手元に手を伸ばす。
「そんなに威嚇しなくていいよ。ただオレも君のことが知りたいだけ。ね?」
まずは君の名前から知りたいなあと呟いて、殆ど空のグラスを抜き取った。
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