貴方との恋をやり直したいのですが

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 ずらりと並ぶ同一の扉の中から自らの住居に繋がる浅井(あさい)の表札が掛かるそれの前に立つと、些か乱暴に解錠し、行儀悪く肩で押し開いてその内に身を滑り込ませた。真っ暗な室内に人の気配はない。この部屋から同居人が消えたのはもう二年も前の話なのに、そこに至るまでの優しい記憶が(あつし)の口から自然とただいまの言葉を吐き出させた。しかし当然、返事は無い。ひんやりとした空気は外のそれよりは幾分マシのはずなのに、先程の不味い酒による酔いが少し醒めた気がした。  篤は舌打ちした。最低の気分だった。  上司の紹介で知り合った女と寝た。上司を介して顔を合わせ、二人きりで食事をし、そのままホテルへ。尻の軽い女だな、と内心馬鹿にしながら、なるべく丁寧に優しく抱いた。女は大層満足したようで、また連絡するわと言ってさっさと消えた。女が選んだそこそこいいホテル代も上司が選んだ決して安くはない店の食事代も全部篤持ちだ。ふざけるな。二度と会うかと思うが、上司の紹介である手前無碍にもできない。思い出しても本当に腹が立つ。それがつい先程の出来事だ。  寂しい頭髪の量よりも脳味噌が少なそうで腹ばかりがデカい上司の話はつまらない。いつも同じ話、いつも篤へのアドバイスと言う名目の自慢話だ。綺麗な嫁さんをもらって悠々自適な専業主婦をさせてやり、そこそこの立地にマイホームを持って年に一回家族を旅行に連れて行くだけで自身を最高の夫最高の父親と豪語するよくある中年の自慢話だ。しかも最近はそんな話を上司だけでなく同期や下手をすれば後輩からも聞く。そんな話を聞くために、決して多くはない給料から数人の野口英世が消えていくなんてとんでもない話だ。  そんな中、いつまで経っても独り身で女の影を微塵も見せない篤に、出会いがないならと紹介されたのが今宵の女だ。全くもってありがた迷惑、余計なお世話である。  とは言え、周りに知られていなかっただけで篤に全く色恋の経験がないわけではない。二年前に破局した恋人とは高校二年生の頃から八年も続いた大ベテランである。  あいつの話は面白かった。決して勉強ができるやつではなかったが、寧ろ学業の成績は篤のほうが良かったはずだが、兎に角博識だった。いったいどこでそんなことを覚えてくるのかというような雑学をよく知っていて、人の話を聞くより自分が話すほうが圧倒的に好きな自分も彼の話だけはへぇと感心しながら聞いたものだ。聞けばゲームや漫画、そして本の受け売りばかりだと笑っていたが、少なくとも篤は本は愚かゲームも漫画もそんなに真剣に入り込むタイプではなく、そこで得た知識などないに等しかった。  そんな面白い話を聞かなくなってもう二年。まだ二年というべきか、しかし篤にとってこの二年は途方もなく長く感じたし、そしてまだまだ続くように感じる。先の見えないトンネルのようなものだった。もっとも、トンネルの先に何が待っていたら満足なのかもわからないようじゃ、当分抜け出せやしないだろう。  篤はもぞもぞと布団に潜り込んだ。かつて一緒に眠った人と存分にセックスできるように買ったクイーンサイズのベッドは大の字になっても余りがある。お互いに気ままな大学生の頃は猿みたいにセックスばかりしていた。あいつとのセックスは気持ちが良かった。今日の女とのセックスとは大違いだ。やることはまぁ大体同じなのに何故こうも違うのかと首を捻り、篤は目を閉じて嘗ての恋人の痴態を脳裏に浮かべながら先程まで使っていたはずの息子に手を伸ばした。  酷く、惨めだった。
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