貴方との恋をやり直したいのですが

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 微かに誰かの声がする。気のせいか。トントンと肩を叩かれた。割と痛い。次は揺すられた。やめろ吐きそうだ。あつしくん、と柔らかい声がする。馬鹿野郎、裕翔の声真似なんてタチ悪いことするな。もう一度今度は大きな声で呼びながら揺すられた。篤は漸く重いまぶたを持ち上げた。 「起きた?ほら、こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ、ジャケットも皺になっちゃうから脱がないと」 「ゆう、と…?嘘だ、何で…」 「篤くんが来いって言ったんじゃん」 「言った、っけ…」  もう、しょうがないなぁと裕翔は笑った。本物の裕翔だ。その存在を確かめたくて手を伸ばすと、裕翔はその手を取って自らの肩に回した。担いでほしかったんじゃなくて、頬に触れるとか、でもまぁ触れるということは夢でも幻覚でもなく本物の裕翔がここにいるんだろう。今はそれだけでいい。 「ほら、脱いで。ベッドで寝よう?」 「うん、ごめんな裕翔、ごめん…」 「いいよ、大丈夫。水持ってくるから。」  裕翔は笑顔だった。見間違いでなければ、ちょっと嬉しそうだった。何でだ、わからない。やっぱりあいつはどこか違う星から来て変な電波を受信してるに違いない。  大きく溜息をつくと、あまりの失態に死にたくなった。頭が痛い。玄関で寝ていたから身体も痛い。吐き気もする。最悪だ。  項垂れていると、裕翔が戻ってきた。水と寝間着を持っている。どこまでも気の付く奴だ。お母さんみたいだ。鬱陶しい、けどありがたい、いて欲しい人だ。どうしてここまでしてくれるんだ、別れた男相手に。じんわり涙が浮かんできた。 「ほら、水飲もう?」 「裕翔、裕翔…」 「うん、裕翔だよ。ほら、ねぇ…」  裕翔はちょっと黙った。持ってきた篤の寝間着を置いて、じっと顔を見つめてくる。篤は泣きそうなのを悟られたくなくて顔を逸らした。 「…ねぇ、キスしていい?」 「は?意味わかんねぇ」  篤は涙も引っ込んで思いっきり顔を顰めながら裕翔を見た。そして裕翔の顔が大真面で、その視線に熱があるのを悟り、見ていたらのせられてしまいそうで再び顔を逸らした。それを許さないとばかりに、裕翔の体温の高い温かい手が篤の両頬を優しく包み込む。グラスはいつの間にかサイドテーブルに置かれていた。篤はまだ飲んでいないのに、減っていた。なんでだと思うより早く上から裕翔の顔が近づいてきて、二年ぶりに、キスした。  驚いてだらしなく半開きだった唇の隙間から生温かい水分が入ってくる。水だ。本能的にそれを飲み込んだ。飲み込んだのに、口付けは終わらない。控えめに、しかし確かに意思を持って裕翔の舌が篤の舌を絡め取る。気持ちいい。もっと触れたい、裕翔のことも気持ちよくしてやりたい。そう思って、裕翔の細い背中に手を這わせようと宙に浮いた手を、なんとか叱咤して裕翔を引き剥がした。  これは、ダメだ。 「お前、ほんと、さぁ…」 「ダメって言わなかった」 「そういうとこだよ、ほんと」  そういうところが、篤を駄目にする。篤が欲しい物を簡単に与えて、篤の駄目なところを簡単に許して、グズグズに甘やかされて、そんなの、離れられなくなるに決まってる。甘美な毒みたいな奴だ。 「…嫌?」 「いや、っていうかさ」 「じゃあいいじゃん」 「聞けよ、よくねぇよ、これはよくない」 「大丈夫、えっちしよ」 「日本語通じてますかね」  思わず笑ってしまった。裕翔が二年前からちっとも変わらずあんまりにも訳わからなくて、安心した。裕翔もちょっと笑った。可愛かった。可愛い顔をして、篤の服を剥ぎにかかる。その指先が、ただ着替えさせようとするだけではなく淫らな期待を持っていることを感じて、篤はそっと指先を絡め取り、止めさせた。 「無理、無理だって」 「なんで」 「吐きそう、頭痛い、腰振ってる場合じゃない」  正直なところを告げると、裕翔はむくれながらも篤を解放した。それがひどく残念だった。勝手なことに。 「じゃあ、口でする」 「は?いやいやいや」 「好きでしょ」 「好きですけども」 「俺も大好き」  俺が?それとも口淫が?なんてぼんやり考えている篤を他所に裕翔は手早く篤のベルトを外して引き抜いた。有無を言わさずファスナーを下ろし、スラックスとまとめて下着も下ろされてしまう。記憶にある裕翔よりも随分荒っぽいその動作に違和感を感じる。裕翔は昔から頭の中がピンク色で行為にも積極的だったが、いつだって、変な言い方だが篤を慈しむような、そんな手付きだった。  不審に思ってそっと顔を覗き込むと、裕翔は無表情だった。ごっそり感情が抜け落ちたみたいな、そんな顔、八年付き合ったが見たことがない。 「ちょ、待て。ほんとに待て」  篤が本気で抵抗を始めると、裕翔はそれを鬱陶しそうにいなし、篤の下半身に顔を埋めた。 「おい、裕翔やめろって、お前…ッ」  ぱくりと迷いなくそこを咥えられて、一気に腰が重くなる。本当にもう、男ってやつはこれだからいけない。全然その気じゃなかったのに、深酒のせいで究極に具合が悪いのも本当なのに、そこを刺激されるとすぐその気になってしまう。ましてやその相手が裕翔だと思うと余計にだ。あっという間に臨戦態勢になった篤のそれから裕翔は一度口を離し、うっとりとそれを眺め、愛おしそうに頬擦りした。  それを見て、篤の胸に色んな感情がブワッと溢れ出す。嬉しいような、悲しいような、よくわからない。篤はくしゃりと顔を歪め、頭を振った。 「やめろよ…」  なんでこんな事するんだよ。俺のこともう好きじゃない癖に、俺のモンなんか舐めてんじゃねぇよ。お前は、そんなことしちゃ駄目だろ。ちゃんと好きな人にしてやれよ。俺じゃねぇんだろ、好きな人。  もう頭の中がぐちゃぐちゃで、篤はどう伝えていいかもわからずゆるゆるとまた頭を振る。小さな子どもみたいだと自嘲した。   「やめない」  いつも優しい声音を嘘のように冷たくした裕翔が、再び篤を咥える。  その後のことはもう思い出したくない。二年のブランクを全く感じさせない裕翔の絶妙な口淫にあっという間に射精させられて、賢者モードに陥るよりも早く再び勃起させられてあれよあれよという間に上に乗っかられた。こんなの逆レイプだ。なんて、言えないくらい、篤も興奮していたわけだから、思い出したくないのである。  控えめに言って、最高だった。
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