A. 始まりの予感

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 この4月、無事に進級が出来て学年が上になったことでやや状況は変わってきた。同じ学部の同じ学科の人との授業が中心になり、コミュニケーションも増えてきて話す機会が増えてきたからだ。僅かだけれど、自分も前に歩み出した気がしていた。自己紹介的な集まりが終わって知り合いは確実に増えた。講義前や構内で声を掛けられることも増えてきて嬉しいと感じた。でも多くの人たちは部活仲間やサークル仲間と行動を共にしていて、もう既に決まった仲間がいてどこか馴染めない空気感は否めなかった。つまり友達や仲間ではなく、同じ学部学科という括りの繋がりにすぎないということに気が付いた。自分でも分かっていたはずだったのに・・・。そして期待外れと自分の中に湧いた新たな空虚感、三歩進んで二歩下がりまた一歩下がって元の場所に戻ったような状況に、私はどう接し関わっていけばよいのかさえも見失い始めていた。 「森本さん、おはよう。」 「あ、おはよう。」 今日も挨拶程度の私が始まった。そう思えば思うほど去年よりも落ちていきそうだ。  講義中、窓から差し込む光に誘われて窓の外に目を移した。今年は季節の進みが早いのか、少し春というよりは初夏の始まりのような陽気で、学内のみんなの服装も軽く明るい色味なっていて、どこか楽しそうで、会話に笑いながら歩いている姿はまさに大学生を満喫していることを私に主張しているかのようだ。そしてバックでは音楽が流れているかのように経営史の講義が坦々と続いていて、興味がない内容に更に欠伸とため息を誘発させた。お昼前の講義は忍耐力のある人が勝ちなのかもしれないなどとぼんやり考えたりもしていた。そして終わりのないかと思われたバックミュージックがやっと終わりを迎え、眠そうだった皆んなは水を得た魚の如く、そそくさと教室を後にする。 「森本さん!」 「えっ?」 「あのさ・・・バンドとか・・・興味ないかな?」 「・・・。」 「俺たち、バンド組もうって話してるんだけど、キーボードとかできたりしない?出来そうかなって二人で話してて、声掛けた。」 「・・・。」 同じ学科の男の子二人から声を掛けられ、思いがけない誘いに驚いて言葉に詰まった。確かハルトくんとシュンくんだ。名字が思い出せずにおどおどしていると、 「あれ?もしかして俺たちの名前忘れちゃった?」 と、シュンくんが言ったので、 「シュンくんとハルトくん・・・。」 と咄嗟に答えた。 「そう!覚えてくれてるじゃん。」 とシュンくんが嬉しそうな笑顔で言ってくれたのだが、私は馬鹿正直に言葉を返した。 「あ、名字が・・・。」 「鳥飼シュンと・・・山口ハルト。」 「あ、ごめん。」 「でもハルトとシュンでいいから。森本さんはアキちゃんでいいよね。」 「え、あ、うん。」 話すテンポが対照的な2人に、私は少々戸惑っている。 「バンド組むんだね。ピアノはずっとやってたよ、高校卒業まで。でもバンドとかは組んだことないから、ちょっと無理かな。」 と答えた私に、シュンくんがキラキラした目で身を乗り出してきた。 「え?ホント?アキちゃん、ピアノ出来るんだ。」  アキちゃんという呼ばれ方にはかなりの違和感が感じて顔が強張るのが自分で分かった。
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