A. 始まりの予感

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 それから数日して、ドラムは声を掛けていたという他学部のシュンくんのいとこのイケさんこと池田圭佑くんに決まった。経験者に囲まれてやや肩身が狭いスタートとなったけれど、もう今となっては後戻りなど出来ない状況だ。ボーカルはまだ決まっていなかったが、曲の方向はすでに固まりつつあった。そして、私の今はこの4人で始まった日々の練習や曲作りが楽しくて仕方がないという毎日だ。孤独だった日々も一人ぼっちだった自分のことなど、もうすでに過去のこととなっていた。曲作りはほぼハルトくんがやっていたけれど、出来上がった曲をみんなで聴いて変えていく時が私は一番ワクワクして好きな時間だ。 「Bメロの前のとこ、なんかしっくりこないって。」 「そうかな?・・・こんな感じ?」 「もう少しエモい感じがいいんじゃない?」 「待って、ここのコード可笑しくない?」 「ここ何?違うよ。めっちゃキモっ。」 そんなことをみんなでごちゃごちゃ言いながら、曲が仕上がっていった。  そして終わってから共にするご飯や買い物も、いつも一人だった私とってはとにかく一緒ということが嬉しくて、東京に出てきてから初めてこの巨大な街が楽しいと感じていた。大抵はシュンくんがハルトくんにツッコミを入れて揶揄い、イケさんと私が笑っているというパターンだった。  そしてキーボードはとりあえずハルトくんのものを使わせてもらい、何を購入するか今検討中だ。初心者なのでプリセット音色が備わっている、おそらくハルトくんおすすめの『KOR○のKROSS2』か『Rolan○のGO:KEYS』、もしくは『YAMA○AのMX』の中から決めるつもりだけれど、価格はどれも8〜10万っていうところで、実家からの仕送りはケチっていてもいっぱいいっぱいで、バイトをしなくてはならなかった。教育学部志望で教師が私の夢だったから、商学部だけれどとりあえず家庭教師をやってみることに決めた。それでいてバイトをすることで、バンドの練習やバンドの仲間との時間を削られたくない私は、バイトを週に1日のみに絞って2人の家庭教師をした。言うまでもないが大したお金にはならなかった。  実際に教えてみると、説明が上手くいかなかったり、理解してもらえなかったりと思っていた通りにはいかないことだらけで、悩むことも多く奮闘の連続だった。正直、よくこれで教育学部を志望していたなと自分を笑った。ドラムのイケさんは私の志望していた教育学部だったので、彼に色々と訊くことやノウハウを教えてもらうことが日に日に増していった。 「この問題の説明をしたんだけど、よく分からないみたいで、どう説明したらいいと思う?」 「おすすめの問題集ある?」 そんな事を訊くとイケさんはすぐにアドバイスをくれて、自然とそれ以外のことも話す機会が増えていった。イケさんは教育学部らしく分かりやすくて、将来教師を目指していることもあって子どもや生徒との接し方や教え方にも詳しくて、いつも私は助けられていたし、遠慮なく話せるようになっていった。
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