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ゴールデンウイーク前から活動し始めた私たちのバンドは1ヶ月半が経とうとしていたが、未だボーカルは不在のままだ。大学祭の催し物登録は5月末で締め切られ、ボーカル不在のまま私たちは申し込みをした。仮でハルトくんがボーカル兼ベースということにして、変更を申し出ることにした。
「なんでハルトがボーカルなんだよ。誰か居ねーのかよ。ハルトよりマシに歌えるヤツなんていっぱいいるだろ。」
とシュンくんがハルトくんを今日も揶揄っている。
そして、この時にはもうバンド名も『end of the unuverse』と決まっていた。大学祭デビューを考えていた私たちが間に合うのか、今更ながら少々不安に思っている私とは反して、バンド経験者のハルトくんたちはあまり気にしていないようで、こういう事はよくあることだと言っていた。
いつもの練習が終わりマンションに着いた時だった。ドラムのイケさんから突然の電話着信に私は驚かされた。仲間内の連絡は全てLINEだったから、すごい緊張と共になんだか嫌な予感もして電話に出る事を躊躇って、10回目のコールの後に電話に出た。
「もしもし・・・。」
「アキちゃん、突然ごめんな。今大丈夫?」
「うん。」
いつものイケさんだったけど、いつもよりも早口のように感じた。
「えっと・・・家庭教師はどう?問題なくやれてる?」
そんな話から始まった。教えるときの接し方に少し悩んでいると私は話した。いつものようにイケさんはアドバイスをくれて、電話で話すことへの緊張もほぐれていった。
「次はそんな感じでやってみるね。イケさん、いつもありがとう。頼りにしてるので、またアドバイスよろしくね。」
「おお、きっと大丈夫だよ、やれる。」
「え?イケさん、用事があって電話をくれたんじゃないの?」
「あ、そうなんだ。アキちゃん、今付き合っている人いるの?」
「え、突然?もうイケさんびっくりさせないでよ。どうみてもいないでしょ。」
「そっか。」
「・・・。」
少し変な空気が漂って、いつもにはない沈黙が私の心臓を突き刺した気がした。
「あのさ、俺と付き合ってくれないかな?」
「・・・。」
突然の告白だった。すぐに返事ができないどころかあまりの意外なことの運びに、私は言葉を失ったままだ。そしてイケさんはこう言った。
「ごめん、驚かせて。一週間後に返事もらえる?」
「・・・。」
「アキちゃん、話聞いてる?」
「あ、うん。」
電話の向こうのイケさんの表情や気持ちを正確に伺い知ることはできない。
「また、明日練習で。切るよ。」
「・・・うん。」
この時、逆にイケさんも私の表情や気持ちを読み取ることなどできないのだと思った。
この朝焼けの見える窓から今見えている景色は陽が沈んで薄暗くなった後の、紺青色を刻刻と深くさせていく。静まり返っていてどこか孤独を暗示させる、更には私を嘲笑っているかのようにも思える空でもあった。この東の窓から見える空の下で、私は固まったままその場を動けずにいた。
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