A. 始まりの予感

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 面と向かって言えば、自分の気持ちの冷静さが露呈してしまうような気がして怖くて、できればラインで、せめて電話で伝えようと思っていたのだけれど、ハルトくんはそんな私の性格も全てお見通しなのか、 「ちゃんとイケさんの目を見て、誠意を持って断らないとダメだよ。」 と念を押されていた。  翌日の夕方、練習の前に空き教室にイケさんを呼び出して、私は気持ちを伝えることにした。逃げることが得意な私が最大限の勇気を振り絞ってのことだ。 「よ!」 イケさんのこの言葉を合図に心臓が更にバクバクと打ち始めた。 「イケさん、練習前にごめん。」 「おぉ。」 「イケさん、あのね。」 いつものように振る舞おうとしているイケさんを目の前にして、少しだけ静かに深く息を吸ってゆっくりと吐いた。 「ごめん、やっぱり付き合えない。」  とても長いと感じる沈黙が過ぎていった。そしてイケさんが重い口を開いた。 「もう彼氏とかいた?」 イケさんの一言が私の真を容赦無く突き刺す。 「いないよ。けど、なんとなくという気持ちでは付き合うとかできない。」 この気持ちが汚れなく届いていることを願いながら私は答えた。 「アキちゃん、つまり好きな人はいるってことかな?」 一瞬、いると答えた方が良いのかもしれないと思いながらも、嘘など付きたくないという気持ちもあって私は答える。 「今はいない。」 「なら・・・。」 と言いかけた彼の言葉を私は遮った。 「私、大事な仲間と恋愛はできない。」 「・・・わかった。」  私の強い口調で放った言葉に教室内に気まずい空気が流れて、イケさんは一言置いて、そのまま教室を出て行った。ピンと張り詰めていた空気が切れて、私は糸が切れた凧のようにへなへなと教室の椅子に座り込み、大きく息を吐いた。しばらくの間、息を吸い込むことさえ忘れていた気がする。身体の中にあるものが全て出ていったかのように無になっていた。同時に、ほっとしていたのも事実だ。  もしもイケさんがもっと私を押していたならば、あの時私がイケさんの言葉を遮らなかったならば、私は負けて付き合うことにOKしていたかもしれないからだ。押しに弱いことは誰よりも自分が一番知っていた。しばらくの間、時間を意識することも忘れて、考えることもなく無の状態のまま座り込んでいた。
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