すぐに治る薬の問題

1/1
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ

すぐに治る薬の問題

「○○医院でもらった薬を飲んでも、全然よくならないんです。それで、ここに……」  意外によく聞く言葉である。  きっと、他所でも同じ会話はあるだろう。 「○○医院でのお薬の内容が判るものをお持ちですか? お薬手帳とか」  今日も理子女史が、優しく患者に問いかける。  今はどの処方箋薬局でも、この『お薬手帳』なるものを患者に渡し、処方した薬の内容のシールを渡し、その度に貼り付けて管理をしてもらうようになっているのだ。震災や諸事情等で薬を失くしても、自分がどんな薬を飲んでいたかすぐに確認できるし、御上からも周知徹底の呼びかけが出ているらしい。  そして、その『お薬手帳』を見て、理子女史の顔が、少し変わる。  ○○医院から処方されているのは、五日間だけの飲みきりの薬が一剤と、十四日分の内服、そして、二週間分の吸入薬……。処方日は今日から三日前。 「――お薬はまだ残っていますよね?」  せっかくの薬を失くしてしまう患者も結構いるため、念のために問いかける。 「ええ。でも、飲んでも良くならないんです」 「……」  ――まだ三日しか飲んでいないだろ!  処方内容から見ても、すぐに収まると判断出来るような咳ではない。すでに長期間咳が続いているのなら、俺だって多分、似たような薬を出すだろう。たったの三日で治らない咳など山ほどある。  それとも、どこかで俺が「どんな咳でも三日で止めることが出来る名医だ」という噂でも流れているのだろうか。  俺がそんな名医なら、こんなところでのんびりと開業などしていない(のんびりとは失礼な! それなりに忙しい!)。  それこそ、有名大学の教授にでもなって、神様のような扱いを受けている。――いや、NASAからお呼びがかかって、研究室付きの立派なポストをもらえているかも知れない。ノーベル賞だって夢じゃない。  いやいや、少し夢が過ぎたか。  もちろん、受付の理子女史は、今、俺が心の中で思ったようなことを、その患者に言ったりはしない。これはあくまでも俺の心の中の声なのだから。 「おかけになってお待ちください」  ――ホラ。彼女はちゃんと心得ている。  こんな風に、すぐに「よくならない」「この薬で大丈夫なの?」とドクター・ショッピングを繰り返す患者は、きっと不安で一杯なのだ。  医療従事者の誰もが、患者に対して忘れてはならないことが、ひとつある。――いや、ひとつどころではないが、取り敢えず、ひとつ。  自分たちは、患者の苦しみを解っていない、ということ。  だからこそ、話を聞き、その苦しみを教えてもらわなくてはならない。  そうすれば、こちらもその薬でいいのか、他の薬が必要なのか判断することが出来る。  患者と話が出来なくなってしまったら、多分もう、医者を続ける資格はないだろう。――とはいえ、実際には、話を聞いても「しばらく、この薬で様子を見てください」と言いたくなることも多いのだが、そこは、レントゲンまできっちり撮り、そこに含まれていない薬なども追加してみる。無論、不要な場合は追加しない。  患者にとっては、自分の訴えを聞いてもらえることこそが、何よりの薬になるのだから。  さて、今回はどっちなんだか……。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!