拉致

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拉致

不安な目を向ける主婦。 視線の先には、シンクの下へ上半身を突っ込む、鞠男(きくお)の姿があった。 「竜司、スパナとって」 「うぃ」 もう1人いた。 こちらは、ヒョロッとした長身の男だ。 「よし。奥さん、バッチリですよ」 シンクの下に潜り込んでいた鞠男は、顔を出していった。 こちらは、竜司と比べるとやや膨よかだったが、その分笑顔に愛嬌もあった。 「ありがとう。ほんとに助かったわあ。キッチンが水浸しになったときは、どうしようかと思っちゃった」  「またお困りのことがあったら、いつでも」 今度は、竜司(りゅうじ)が愛想を振りまいた。 2人は退散するときに、主婦から再度、嫌というくらいお礼を言われた。 「あんだけお礼されると、さすがに気持ちがいいな」 「さすが兄さんだよ。スピードとテクニックはピカイチだね」 「竜司がいてこそだよ」 「ははは」 帰り道、2人は配管工としてのやりがいを改めて感じた。 「兄さん、これからの予定は?」 車にスケジュール帳を忘れたらしく、竜司が尋ねてきた。 「えーと、今日は、テニスと野球だな」 アクティブな鞠男は、仕事のほかにも、スポーツやレジャーなどで予定が満載だった。 「明日はーっと、やべっ、ゴルフじゃん。朝早いなー。そのあとは、桃とお茶だな」 鞠男はにんまりして言った。 「いいな、兄さんばっかり・・・・・・」 兄とは対称的に、やや引っ込み思案気のある竜司。 本音を言えば、兄のようにもっと砕けてはしゃぎたいという思いはあった。 「なんか言ったか?」 「いや、なんでも」 竜司はさっと、鞠男から目を逸らした。
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