拉致

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「じゃ、行ってくる」 風呂から出て、着替えを済ませると、弟を残して立ち去ってしまった。 竜司の顔色が曇った。 「桃、桃」 志位長(しいたけ)公園の噴水前。 鞠男は大きく手を振りながら駆け寄った。 「そんなに慌てたら転ぶよ」 柔らかな笑顔で鞠男を迎えたのは、桃だった。 「ははは。じゃ行こうか」 「うん」 2人の交際が始まって、優に5年は経とうとしていた。 2人の歳も20代半ば。 そろそろ、となる雰囲気はまだなさそうだが、相変わらず鞠男はデレデレしていた。 「ここ、ここ。前から気になってたんだ」 2人が足を止めたのは、こじんまりとしたカフェだった。 歪な形をした看板には、キーノと書かれていた。 「わあ、メニューにキノコしかない」 奥の席に着席し、メニューを開くや否や、桃が驚きの声を発した。 「ここは、キノコ専門店だからね」 鞠男の声は、どこか弾んでいた。 「私これにする、キノコのケーキとキノコの煮汁セット」 桃の決断は早かった。 鞠男は、遅れをとったと、焦り気味でメニューを捲った。 「じゃあ俺は、キノコブリュレとスパークリングキノコワインにしようかな」 あまり酒は得意な方ではなかったが、勢い余って注文することにした。 「・・・・・・ごちそうさま」 桃は静かにフォークを置いた。 「あー、美味かった。キノコの香りが引き立ってたね」 真っ赤な顔をして、鞠男は満足気だった。 黙れ。バカ舌が。 と言いたいのをぐっ、と堪えて桃は笑って誤魔化した。 会計を済ませ店を出ると、鞠男は桃の腰のあたりを摩った。 「ええ、まだ明るいよ?」 困ったような顔をする桃。 「いいからさ、いいからさ」 鞠男の鼻息が荒くなっているのに気づき、桃は軽く息をついた。
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