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エルメスの女
「それで?俺がどうしたって?」
「高橋部長がどうしたって訳じゃないんです」
そう言ってフラペチーノを勢いよく吸い込んだ。
「高橋部長のところに齋藤さんの後任で派遣社員、入りましたよね?」
「ぁあ~松嶋って・・・」
「彼女に何かありました?」
「なにか?って 例えば・・・」
「彼女、社内で部長のこといろいろ嗅ぎまわってるっていうか・・・」
「嗅ぎまわる?俺のこと?なんで」
「知りませんよ~私にも、高橋部長ってどうして離婚したんでしょか?とか」
「離婚って」
「あっ・・・すみませんこれって」
「もういいよ、もう 知ってんだろ?みんな」
「でも理由までは・・・」
「だよな?って言うかなんで?離婚の理由とか?」
「わかりませんよ!お子さんいるのかしら?とか今どこに住んでるの?とかいろんな人に訊いてるみたいです」
「そんなことまで?」
「ストーカーですよ、もうされてたりしてストーカー」
そう言ってクリームをすくって舐めた。
「気をつけてくださいよ!一応独身男性になったんですから」
「ん?独身って俺もう来年45だぞ!」
「部長、なんにもわかってないんですね!」
「なんにもって・・・」
「美穂だって渡邊さんと・・・」
「知ってたのか?」
「会社では一番の友達だし、同期だし、私なにより口硬いし」
「そっかぁ、だよな渡邊だって俺と同期だもんな」
「そうですよ、高橋部長と私だってそうなったって、ねぇ」
「え?」
「フフフ、冗談ですよ」
そう言ってフラペチーノを一気に吸った。
「ごちそうさまでした、仙台出張するとき言ってくださいね、美穂にお祝い渡すんで・・・赤ちゃん産まれるの2月ですよね」
「おう、わかったその時は連絡するよ、じゃまた明日」
週末はいつものように自転車で海に出掛けてスターバックスで小説を書く。
なんだか、これが最近のライフサイクルになってきた、週末に小説を書いていると寂しさを忘れるのが一番助かる。
第12章『七分咲き』 鎌倉の春の情景を思い浮かべながら綴っていく、堤からのお土産は彼女へのラブレター?
ファイスブックがふたりをつないで、言葉を紡いでいく大人の恋。
そして、桜が散り始めたある日、最後のお花見を最後の思い出にそう決心して桜を見に鎌倉にと誘う亜美・・・
そして第14章『私にキスして』やっとふたりは鎌倉で・・・堤部長の緊張感が伝わって書いていて心臓の高鳴っている自分がいる。
「抱きしめろ!抱きしめちゃえ!」
そんな作者の気持ちを無視して、ふたりは高校生のような初々しいデートをする。
ぎこちないふたりの会話に、ドキドキする、そして亜美が突然写真を撮ってもらおうと提案する。
「ふぅ~ほとんど無呼吸で書いてた!」
大きく深呼吸してチャイティラテを一口飲んだ。
時計を見るともう夕方の5時を過ぎていて周りも薄暗くなっていた。
「今週はここまで、書いたWordをチェックして第14章までアップする」
「うわぁ肩がガッチガチだぁ」思いっきり背伸びをして立ち上がる。
「あぁ~ かかんの麻婆豆腐が食べたいな~」
2020年も残り1ヶ月になって感染者が急増し12月22日から全面停止は時間の問題となった。
地方との会議はZOOMが主体となり、取引先との面談もほとんどなくなっていた。
「週末も家飲みかぁ、居酒屋行きたいよね~お疲れ様でした」
会社から複数名での居酒屋など飲み会は極力控えるように通達が出ていて、定時に帰ることがほとんどだった。
「少し丸の内でもブラブラして帰るか」
僕はいつもの銀座線でなく赤坂見附から丸の内線に乗って東京丸の内に向かった。
「ぉお~コロナでもイルミネーションやるんだな、しかし・・・人少ないなぁ」
丸の内仲通りの街路樹には今年もシャンパンゴールドに輝くイルミネーションがコロナ感染を一瞬忘れさせていた。
イルミネーションをバックに写真を撮るカップルが楽しそうに笑っていた。
「高橋部長~」
「ん?だれ?俺?」
イルミネーションの街路樹の脇から誰かがこちらに向かって手を振っていた。
「松嶋?さん?」
グレイッシュベージュのチェスターコート姿の松嶋涼子が近づいてきた。
「こんばんは~偶然ですね~部長もお一人ですか?」
そう言って松嶋涼子は微笑んだ。
「ぁあ~ちょっとブラブラして・・・」
「私も、ちょっとブラブラしたくて~」
「そぉなんだ・・・」
「一緒にブラブラしません?」
「あぁ・・・」
そう言ってふたりは夜の丸の内仲通を有楽町方面に向かって歩き出した。
「高橋部長・・・会社じゃないんだし高橋さんでいっか!高橋さんなんだか私のこと避けてません?」
「避けてる?そんなことないよ」
「お昼誘っても・・・一度も」
「元々、ひとりが好きなんだよ」
「そうなんですか?前の齋藤さんとはよく一緒にお昼行ってたって・・・」
「まぁ彼女とは入社以来付き合い長いからな・・・」
「宮島さんとは会社の帰りお茶するのに?」
「な・・・なんで?それを」
「私、高橋さんのこと、なんでも知ってるんですよ~あのことも」
「あのこと?」
松嶋涼子の顔がイルミネーションの光の中で微笑んでいた。
「高橋さん、離婚されて今は鎌倉にお住まいなんですよね、私も鎌倉に住みたいって思ってるんですよ~」
松嶋涼子は僕の顔を覗き込むようにして続けた。
「ねぇ高橋さんこっち向いて!」
彼女はエルメスの前でスマートフォンのシャッターを切った。
「なに?やってんの?」
「高橋さんとのツーショット!嬉しい~」
「これパソコンの壁紙にしちゃおっかなぁ」
少し狂気じみた彼女の行動に恐怖を感じた。
「高橋くん?」
「あっ?三橋?三橋!」
エルメスから出てきた三橋がこちらに近づいてきた。
「あ~三橋!遅かったじゃないか!」
「え?」
「じゃ、ここで・・・彼女と待ち合わせしてたんだ」
三橋の腕を掴んで強引にUターンしてその場を離れた。
「三橋~助かったよぉ」
「なに?どうしたの?いいの?彼女こっち、めっちゃ 睨んでるわよ!」
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