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私の知らない彼
目の前にニューヨークサーロインとプライムリブがキレイに皿に盛りつけられて運ばれてきた。
「わぁ~美味しそう 高橋くん食べて!」
ミディアムレアに焼き上げられた成熟されたステーキはとてもジューシーで口の中いっぱいに肉汁が溢れた。
「うん、うまい!久しぶりだよこんな美味しいステーキ」
「ホント、少し多いかなって思ったけどいけそうね」
そう言って三橋は大きな肉の塊を口いっぱいに頬張った。
「ホントはだいぶ前から知ってたの・・・渡邊の」
「浮気?」
「うぅん浮気じゃない、だって私たちとっくに終わってたんだもん」
「そう・・・なんだ、うちも人のこと言えないけど」
そう言ってグラスに残っていたワインを飲み干した。
「私たち・・・子供いないでしょ、渡邊は子供欲しかったのよ・・・私のせい」
「そんな・・・」
「渡邊はそんな私を責めたりしなかった、でも私はそれが逆に辛かったの・・・渡邊がコロナで急に亡くなって、彼のスマートフォンが返ってきたの」
「そぉか・・・」
「このまま廃棄しちゃおうかって思ったんだけど・・・もう忘れようと思って」
「うん・・・」
「でも・・・私・・・見ちゃったの」
「そぉ・・・俺も同じ立場だったら見ちゃうかもな・・・」
「スマートフォンの中の彼は私の知ってる渡邊じゃなくて・・・あんな顔するんだね」
そう言うと三橋の瞳から大粒な涙が零れ落ちた。
「私の知らない、とっても幸せそうな渡邊がいたの・・・それがとっても悔しくて私たちの18年って何だったの?」
「就職して・・・確か25歳の時だったよな」
「ねぇ教えてよ・・・」
「もうそのくらいで・・・」
それを無視して三橋はワイングラスを空にした。
「会社の女よ・・・高橋くん心当たりない?」
「えっ?会社の・・・ないよ 部署も違うし、渡邊からも何も・・・」
「そぉ・・・今夜、高橋くんに確認したくて彼のスマホ持ってきたの」
「渡邊の?スマホ?ここに?」
「そぉ彼の」
「え?やだよ!亡くなった渡邊のスマホ見るなんて!」
「そぉよね・・・でもお願い!高橋くんしかいないのこんなこと頼めるの」
「でも・・・」
「私もわかってる!離婚するつもりだったのに、なんで今更ってバカみたいでしょ」
「その女?写ってるの?」
「たぶん・・・その女、渡邊の子 妊娠してる」
「え?えぇなんで?妊娠って まさか」
「不妊の原因は私・・・それを隠して結婚したのも・・・私」
「そうなのか?渡邊は?それを」
「私は言わなかった・・・最後まで、彼に捨てられるのが怖かったから」
「それじゃあ」
「でも彼は気づいたのよ、その女が妊娠したことで、原因は自分じゃなかったって」
「それを知っていて・・・渡邊はコロナで・・・」
「そぉ、私も彼のスマートフォンを見るまでは、だからお願い高橋くんその女が会社の人間なのかだけでも」
「わかった、わかったよ、そこまで言うのなら」
「ありがと・・・」
そう言うと三橋は黒いスマートフォンをバッグから取り出した。
「これ・・・なんだけど」
電源を入れるとスマートフォンが起動して、三橋は慣れた手つきで暗証番号を打ち込んだ。
「暗証番号は?」
「ぁあ、彼はいつも電話番号の末尾4桁を使っていたから」
「そぉなんだ」
「高橋くんも気をつけた方がいいわよ、スマホのデータ奥さんに全部見られちゃうから」
そう言ってフォトのアイコンを開いた。
「これ・・・この女、会社にいない?顔半分しか映ってないけど間違いない」
充血した目で僕を見つめる三橋はそう言って、スマホを僕の目の前にかざした。
(あっうそ・・・これ?齋藤美穂・・・)
そこには紛れもない営業アシスタントの齋藤美穂の顔半分が鮮明に映っていた。
「ん?誰だこの女?」
「フフフ、高橋くん?知ってるんでしょ!」
「・・・ぅう」
「誰なの?いまさら彼女のこと訴えたりしないから」
「ぅうん、齋藤・・・」
「どこの部署なの?齋藤?誰?」
「齋藤美穂・・・俺の営業アシスタント・・・」
「高橋くん所の?」
「ごめん・・・なんか」
「なんで高橋くんが 謝んのよ!」
「でも・・・でもなんで?彼女と渡邊、部署も年齢も・・・」
「いくつなの?この娘」
「確か・・・30前」
「そぉ・・・まだいるの?」
「今日も昼、一緒に蕎麦を」
「わかったもういいわ」
「もういいって?」
三橋は残っていたサーロインステーキを頬張って僕の方を見て笑った。
「ふぁ~お腹いっぱい」
「どうしたの?」
「ん?誰かわかったから、なんだかスッキリしちゃって」
「高橋くん、デザートは?」
「ぃいや、俺も、もうお腹いっぱい、いいのここ?」
「もちろん、今夜は私が全て払うから」
「全てって?」
「ごちそうさまでした、この前の鰻なんかより高かったんじゃ?」
「いいの、いいの、女の正体もわかったし」
「正体って」
「それにね、渡邊亡くなって、マンションのローンもゼロ、保険金も・・・突然お金持ちになっちゃった!」
「三橋?酔ってるの?」
「酔ってるわよ!酔ってる!ものすごく!高橋くん帰るの鎌倉?今夜ホテル取ってあるの」
「ホテル?って」
「歩いてすぐよ、そこのパレスホテル、部屋で飲みなおそうよ」
「大丈夫?三橋」
よろめく彼女を支えた時、思わず抱きよせる。
「今夜は全て私が払うって言ったでしょ」
そう言って彼女は突然 唇を重ねてきた。
「なっ みつ」
ふたりはタクシーを止めて皇居前に建つパレスホテルへ向かった。
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